「寄る」

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それが、越智さんがその様子をみて優しい目をしながら「はは、いつもの調子が出てきたじゃん」って言った時だった。 越智さんの声にぴくっと反応したしーちゃんの咀嚼が緩やかになって、ほんとに微かだけど表情を変えた。まるで切ないみたいな、そんな顔。 すぐにもぐもぐを再開してちょっとだけ越智さんの方を向いて笑って、口の中のものをごくんと飲み込むなりミルクティのカップを取って、誤魔化すように口にする。 「瑞希はどれが一番好きだった?」 間を埋めるようにしーちゃんが瑞希に話しかける。 「俺は伊予柑かなぁ……見た目はイチゴがカワイイよね!」 何があったかは分からないけど様子のおかしい親友をサポートするように答える瑞希。2人がまたお喋りを始めて、俺は自然と越智さんに目を向けた。 椅子にもたれてティーカップを口元に運びながらぼんやりとタルトを眺めてるその顔には、さっきしーちゃんを見つめてた柔らかい微笑みはもうなくなってた。 どういう感情だろう。この人の目に浮かんでるのは。不貞腐れてるような……寂しがってるような。でもだからと言って誰かを求めてるわけでも無さそうな、よく分からない感じ。 「ね、しーちゃん!ちょっと……ちょっと来てくれる?」 瑞希は、とうとう耐え切れなくなったみたいに立ち上がると、しーちゃんを先導するように店の奥の方へ入って行った。 「なんかあったの?初対面で聞くのもヘンな話だけど」 そう言いながら、この人に対しては不躾でもない気がした。 「んー……まぁ、なんつーか俺もよく分かってねぇの」 「もっとこう、ほのぼのした感じって聞いてたのよ、瑞希から。少なくとも今日見る感じだと、全然そうじゃないし」 「あいつがなんかヘンなんだよ。でもマジ理由が分かんねえ」 困ったみたいにため息をつきながら笑って、越智さんはイチゴのタルトに手を持っていってから、少し考えて伊予柑の方を一口かじった。 「多感な時だしね。まぁそういうこともあるでしょ」 「まぁなぁ……瑞希とは、順調?ナオクン」 越智さんは悪戯っぽく笑って、瑞希が呼ぶように俺を呼んだ。 「支倉です。すこぶる順調ですよ、越智さん」 「ハセクラ……ナオクンでいいわ。めんどくさい」 「その呼び方はうちの子限定です」 俺がじろっと睨むと、越智さんは楽しそうに笑ってまたミルクティを飲んだ。
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