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姉の機嫌の善し悪しなど、ドアの開閉一つでわかる。
そーっと開かれた自室のドアに気づきつつ、尊は布団と一体化したまま無視を決めこんだ。
「ゆうべは……ごめんね」
おっかなびっくり投じられた声に、すぐには反応しない。素直なのはいいことだ。直情径行の姉らしい。
ぼふ、とベッドが大きく揺れた。実力行使に出た姉に、背中を向けたまま答える。
「俺、べつに怒ってないし」
美琴には。
そう、俺は悪くない。悪くないぞ。
「じゃあ、なんでフテ寝してるのよ。起きなさい。お腹も空いたでしょ?」
優しい声音で的確に急所を突いてくるあたりは、さすがである。今にも鳴りそうなお腹に喝を入れて、かわりに昨日からの鬱憤を端的にぶちまけた。
「俺、あいつ、嫌い。父さんの弟だからって、好きになれない。じいちゃんの葬式にも顔を見せない薄情なヤツだし」
拗ねた声がことさらに幼く響き、自分の部屋にいながら居心地が悪くなった。春光が射しこむ静かな朝には似合わない重苦しい気配が満ち始める。
利発な姉が同調も反発もしなかったことに困惑して、そろそろと布団から這い出した。ベッドの端に腰かけていた彼女は、珍しく言いにくそうな表情で顔を向けた。長い睫毛に縁取られた表情豊かな瞳が逡巡している。鏡に対峙しているかのような、自分と瓜二つの顔だ。
「いたわよ。あいつ……おじいちゃんのお葬式に、ちゃんと来てたわよ」
「え……」
「泣いてたの」
言葉を切った姉を、信じられない思いで見つめる。祖父の葬儀――真冬の、雨まで降る、寒い日だった。子供の前で決して涙を見せなかった父の憔悴しきった顔が見ていられず、式の最中はずっと俯いていた。正直に言えば、祖父の死よりも、父の姿を直視する方が胸が痛んだ。
「式場の外にいたのよ。寒いし、雨も降ってるのに、なんで中に入らないのかなと思って見てたら、あいつだったの。……顔を押さえてたし、よくは見えなかったけど……絶対、泣いてた」
祖父がいなくなったという現実は、悲しさよりも、喪失感が大きく、涙は出なかった。存在しているのが当たり前の人が、呆気なく、予兆もなく旅立った現実に、今ある世界がじつにあやふやなものだという漠然とした恐怖と、尊さを噛みしめた。心にぽかりと開いた穴には、いつまでも、すうすうと風が吹きこんでいる。
誉が、祖父とどのくらい時間を共有したのかは、わからない。だが、息子である彼にとっては、心に風が吹く程度のものではないはずだ。
「父さんがね」
姉の声に、ぼんやりと顔を向ける。猛烈な罪悪感が胸に広がり、爽やかな朝とは思えぬ薄暗さで尊の体内でうねり始めた。
「父さんが、抱きしめてたの。あいつのこと。私たちが子供の頃にしてくれたみたいに、ぎゅっ、て」
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