前哨戦

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 最悪な目覚めとなった朝でも、双子は日課である朝の参拝をきちんと行った。  透き通る青空の下、黒塗りの鳥居は冥界への入口のように不気味に間口を広げていた。静謐な朝の空気に包まれた境内は、陽の光に白ばんで見える。  常闇(とこやみ)神社――自宅マンションの裏に位置する、亡き祖父が奉仕していた神社である。 「見て」  鳥居の下に姉と並び、正面にそびえる拝殿に直ると、目にも鮮やかな青色が飛びこんできた。浅葱色、だっけ? 祖父からの教えをぼんやりと思い出しているうちに、瞳は全貌を捉えた。 「んあっ!?」  尊の頓狂な叫びに、参道にいた鳩がばたばたと激しく飛び立った。  拝殿脇で落葉の清掃をしていたは、竹箒を動かしていた手を止めて顔を上げた。白の着物に浅葱色の袴、黒の羽織という和服姿は、どう見ても神職である。  誉は双子を一瞥しただけで、顔の筋肉をぴくりとも動かさなかった。  屋根も、壁も、黒で統一した社の前に立つ叔父は、着物姿が嫌味なまでに様になっている。昨日、「ぶっ飛ばすぞ!」と、罵られたのが嘘のような清雅さだ。 「……そういうことなのよ」 「どういうこと?」  ぴたりと身を寄せて囁いた姉に問い返した声は上ずった。 「あいつが――誉が、おじいちゃんの跡を継ぐの。……父さんは天職に就いてしまっているんだし、おじいちゃんの気持ちを考えても……これが、ベストだと思うわ」 「……父さんのことを、あんな風に扱うヤツでもいいってのかよ」  尊の主張に、姉は明らかに怒りをたぎらせ始めていた。そうよ、と返された声はとげとげしく、ほぼ同じ位置にある目線の間で火花が散る。 「兄弟なんだから、私たちには測り知れない絆や繋がりがあるはずよ。万が一、そんなものが一切なかったとしても、おじいちゃんの後任候補は、あいつ――誉しかいないわ。私もあんたも、子供じゃ、なんの役にも立たないのよ」  すべて筋が通っているところが、逆に腹立たしかった。つかまれていた腕を乱暴に払い、距離を取る。姉弟はそのまま睨み合っていたが、気配を感じて同時に振り返った。  ひっ、と喉の奥に叫びが貼りついた。  いつの間にか、誉がすぐ先まで近づいていた。石畳の参道を悠然と進む彼は、徐々に口角を持ち上げつつ、双子に「射る」としか表現できない視線を送るという、凄味のある表情を形成した。  じゃり、と草履が砂を踏む音に、二人は身を竦ませた。その時――。  きゃきゃっ、と黄色い声が背後で湧き上がった。後ろを向くと、二人の若い女性が境内を覗きこむように立っている。 「よければ、どうぞ。境内は自由にご覧ください」  伸びやかな声、甘い微笑み……叔父の笑顔は多種多様であるらしい。  歓声を上げて参道を進む女子二人を引き連れた誉の背中は、青二才とは思えぬほどの神々しさだ。遠のく叔父を見送りながら、尊ははたと気がついた。 (昨日、俺が見た……スカートだ!!)  空を映したかのような青色の袴は、昨日、ベランダで目撃した洗濯物に相違なかった。
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