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自宅に戻った尊は、何もかもが嫌になり、無為としか言いようのない半日を過ごした。
姉はぷいとどこかへ出かけてしまい、父も外出したまま長らく戻らなかった。ふてくされてリビングのソファに寝転んでいると、ようやく父が帰宅した。
「なんだ、なんだ。休みだからってぐだぐだして。学校がある日と同じように、きちんとしないと駄目だぞ」
ぴかぴかの笑顔は昨日の件を引きずってはいないようだ。ほっと安心して、跳ねるように身を起こした。
「父さん、どこに行ってたの?」
「誉と一緒に総代さん宅に挨拶。大層な喜びようでさ。『今どき、こんなに礼儀正しい若者は珍しい』って。あの人、話が長くてさ。誉を先に帰して正解だったよ」
詳細を聞くまでもなかった。
氏子総代への挨拶ということは、やはり、誉が祖父の跡を継ぎ、神職として奉仕するのだ。
昨日から、尊を取り巻く世界が一変してしまった。安定していたはずの時の流れが突然に激流と化し、身を任せる覚悟もできぬまま呑みこまれている。
「ほらほら、ぼんやりしてないで。尊もお姉ちゃんを見習って、早めに宿題に取り掛かれよ。父さんは手伝わないぞ」
「美琴はいないよ。朝から出かけたきりで、どこかで遊んでるんだ」
「なに言ってるんだ。美琴は隣で誉に勉強を見てもらっているよ。尊も加わったらどうだ? あいつは俺と違って、頭はめちゃくちゃいいんだぞ」
父の言葉に目が丸くなる。
ありえない――姉の背徳的行為に眼前が眩んだ。いつもの笑顔で見下ろしている父を恨めし気に見上げた時に、リビングのドアが開いた。
「お、お帰り! ちょうど、噂していたところだよ」
ぱっ、と振り返ると、ドアに隠れるように立つ姉が、かつて聞いたこともない、おしとやかな声を出した。
「私が昼食に誘ったの。勉強を見てもらったお礼に、って。いい?」
言い終えぬうちに中に入った姉に続き、誉が姿を見せた。白シャツに黒のチルデンニットを合わせた格好は、いかにも大学生らしい清潔感に溢れている。
昨夜と同じく、尊の正面に腰を下ろした叔父は、やや決まりの悪そうな顔で低く呟いた。
「俺は、女からの誘いは断らない主義なんだ」
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