第一戦

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 俺は、この世で、もっとも不幸な春休みを過ごす小学生だ――。  ぱんぱんに膨れ上がったエコバッグを道端に置くと、今日も不穏な雰囲気を放つ漆黒の鳥居を見上げて、悪夢のような午前中を思い返していた。 「生活コスト削減のために、お前は今日から三日間をで生活する。家事は分担制。炊事――あ、買い出しも含むぞ――洗濯、あと掃除。必要な経費は俺が渡す。よろしく――尊」  仕事に出かけた父、及び、塾の合宿に参加する姉と入れ替わりに現れた叔父は、有無を言わさぬ口調で宣告した。  必要な荷物をまとめて来い、という台詞は、背を向けた状態で発せられ、尊が我に返る頃には、誉の姿は消えていた。  しばらく玄関で石化していたが、思い当たってキッチンに駆けこみ、冷蔵庫を開いた。中はほぼ空であり、バターや調味料といった、レギュラーメンバーだけがちんまりと収まっている。  がくりと手をつき、これはまさか、父の企てた兵糧作戦なのかと疑い始めた。  たった二日のうちに、父も、姉も、叔父を当然の存在として扱い始めている。  父はともかく、姉の態度は、まさに裏切りと言っても過言ではない。 「一人で神社にいたら、声をかけてくれたの。家に帰りたくない、って、言ったら、家に上げてくれて、紅茶までご馳走になったわ。理由を詮索することもなかったし、誰かさんと違って紳士よ」  昨日、夕方近くまで、叔父に家庭教師を依頼した姉は、そんなことを言って、尊にあてつけた。 (これだから、女は嫌なんだよ。顔のいい男にちょっと優しくされると、すぐ態度を変えるんだから)  姉の澄ました顔を記憶から消し去るべく、頭を振った。参道入口に立つ尊の正面には、姿の見えぬ神の住まいが鎮座している。  いけ好かない叔父が奉仕すると思うと、今まで、なんら信仰心もなく、だが、生活の一部であった馴染みの場所が、急によそよそしく映る。  はあ、と発語に近い溜息を漏らすと、不意に後ろから頭をはたかれた。
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