第二戦

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 どくん、と心臓が音を立てた。嫉妬や羨望とは違う、言い知れない不安――恐怖と言ってもいい――が、大きく胸の内で渦を巻いている。いいじゃん、兄弟なんだから。誉が生まれた頃、じいちゃんは五十をとうに過ぎてたんだ。イベント事は、父さんが代わりを務めたのかもしれない。体力的にキツかっただろうし、もしかしたら体裁を気にして……。  残り少なくなってきたアルバムを前に、必死で言い訳を繰り返す。  不意に写真の「ペア」が変化を遂げた。  父と並んで幸福そうな笑顔を浮かべていた誉の表情が一変している。  抱っこする相手に全力で拒否を示す子供の姿はある意味、微笑ましいはずなのだが、尊は大いに困惑した。  大泣きして身を反らす誉に手をこまねいているのは祖父だった。  同じような写真は数枚あり、いずれも構図は同じ――必死であやす祖父と、全身全霊で嫌がる幼児の誉――である。 (え……)  混乱する頭に適当な言葉は見つからず、対照的とも思える、笑顔溢れる父とのツーショットと何度も見比べた。歳の離れた兄と弟、初老の父と幼い息子……。写真に刻まれる彼等の関係性は、知らない人間が見たら、少々驚くものかもしれない。 「わぁっ」  唐突に鳴り響いた電話の音に、飛び上がって驚いた。転げるようにリビングに戻り、何も考えずに子機を耳に当てる。 『あたし! 無事かな、と思って電話したの。元気にしてる?』  朗らかな姉の声に、全身から力が抜けていく。同時に、この苦境に一人放られたことへのやるせなさも思い出された。 「ぜんぜん無事じゃないよ。今だって――」  はっ、と息を呑んで言葉を切る。姉が側にいてくれたら。今日ほどそう願った日はあるまい。 『今だって、なに? なにしてるの? 誉は?』 「美琴、父さんと、誉のこと、どう思う?」  姉の質問を完全に無視して、子機を握りしめた。自分の胸に湧く疑問が突拍子もないことだろうか? 誰かになだめてもらいたい気持ちが頂点に達している。 『どう、って? そりゃ、随分な歳の差だな、とは思うわよ。顔も似てないしね』 「だよね。そうだよね。本当に……兄弟、なのかな? 今になって、どうして急に隣に越してきたんだろう? これまで、ずっと俺たちに会わせようとしなかったのも変だよな」 『あんた、なに言ってんの? 兄弟じゃなきゃ、なんなのよ』  推測は妄想と化し、すでに破裂寸前にまで膨らみ切っている。もし……もし、俺の推理が当たっているならば、誉は「叔父さん」なんかじゃなくて……。 『ちょっと! 電話中にボーッとしないでよ! あ、もう昼休みが終わるから切るわ。ワケのわからないこと言ってないで、ちゃんと勉強しなさいよ』 「あ、おい、美――」  ガチャッと耳障りな音を立てて、姉との交信は途絶えた。
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