第二戦(場外戦)

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第二戦(場外戦)

 (くら)()家が代々、仕えてきた常闇神社は市内一の繁華街へと伸びる通りの入口付近に位置する。神社の正面鳥居真向いには、八階建てのファッションビル、通りから南を向けば、静岡駅を間近に臨む、利便性に富むことは間違いない生活環境だ。行灯をモチーフにした深緑色の街路灯が連なる赤煉瓦敷きの通りには、春を満喫するべく多くの人が溢れていた。 「疲れたのか?」  神社及びマンションを囲む一方通行の路地をかいくぐり、大通りへ合流したところで、誉が口を開いた。 「え、ううんっ、疲れてないよ!」  駆動していることを感じさせないほど静かなハイブリットカーの車内には大きすぎる尊の声が響く。午後十二時を十分ほどを過ぎ、叔父は予告通り、尊を引き連れて車で出発した。行き先は不明である。  誉は訝しげな表情を向けたが、信号が青に変わったために、すぐ前に直った。精巧な人形じみた横顔を見つめる尊の胸中には、再び疑念が渦を巻き始めていた。 (父さんが大学に入る年に、誉が生まれた……。その頃、父さんは、まだ母さんとは出会っていないはず……)  突如として現れた叔父の存在が、ただの「嫌なヤツ」から、闇木家を揺るがす春嵐の目と化しつつある。腹立たしいことに、嵐に翻弄されているのは尊一人であり、何も知らない姉はもちろん、隠しごとなどできないはずの父までがのほほんとして見えた。  ハンドルを握る「叔父」に、勇気を振り絞って呼びかける……ことなど、できるはずもない。  もしかして。  もしかすると。  誉、お前は――……。 (俺の……――なのか?)  聞こえるはずのない心の声に反応したかのように、誉がギロリと音が出そうな眼差しを向けた。 「なんだ? 言いたいことは、はっきり言え。『なんでもない』とか答えたら、ぶっ飛ばすからな」  逃げ道をしっかりと閉ざして相手を脅かす――どこまでも根性の悪い男である。ひえ、とのけ反った尊は、助手席で酸欠の魚のように、ぱくぱくと口を開閉した。 「じ、じいちゃんのこと、嫌い、だった?」 「は?」  咄嗟に口を突いた質問は、最も避けるべきものだったが、いつものように、素直さが仇となる。盛大に聞き返されたものの、再び前方に直った誉が回答を思案しているのは明らかだ 「べつに。……嫌うほど一緒に過ごしたこともないし、嫌なことをされた記憶もない。同級生たちに比べて父親が年寄りだとか、そんなことは、どうでもよかった」  淀みなく答えた誉に安堵したのは早計にすぎなかった。 「ただ、俺の生まれた環境はクソみたいだと思ってた。事あるごとに『可哀想な子』だの『私のせいで、ごめんね』だの、悲観していた母も、周囲の大人もうんざりだった。定期的に顔を出す父だって、俺を腫れ物扱いするだけでさ。唯一、違ったのは――」
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