第二戦(場外戦)

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 落ち着いた声音で綴られていた誉の声が急停止した。助手席で、おとなしく続きを待つが、叔父は無言を貫いた。停滞した会話とは対照的に、繁華街を抜け出た車は、快調に道を進んでいった。  到着した先は、郊外の洒落たレストランでも、高級ホテルのランチバイキングでもなく、普通の一軒家である。  静岡駅北口にある尊の家から、市の中心部に位置する駿府城公園を挟み、ちょうど対角線上に広がる閑静な住宅街だ。敷地内の駐車場に慣れた様子で車庫入れを行う叔父に、呑気すぎるタイミングで質問した。 「ここ、誰の家?」 「俺の、母親の生家。つまり、お前のばあちゃんが暮らした家。俺が生まれ育った家でもある」  端的に説明はされたが、訪問理由は不明のままだ。さっさと車を降りる誉に慌てて続くも、心の準備はゼロである。いや、妄想が尾を引いている心境をふまえれば、マイナスと言ってもいい。門扉には「村山」と書かれた表札が架けられているが、記憶にはなかった。 (ていうか、不親切なんだよ!!)  ラルフローレンのチェックシャツにチノパンという、くだけた格好も嫌味なまでに絵になる叔父の背中を睨みつける。言葉足らず・説明不足なところは父に、そして自分にもよく似ていると気づき、より複雑な気分になった。 「え」  ガラリと玄関の戸を開いた誉は、さっさと中に消えて行った。住み慣れた家とはいえ、無施錠なのだろうか? 不用心にもほどがある。重厚感ある檜皮色の引き戸をそろそろと閉めると、線香に似た香りが微かに鼻をかすめた。ヨソの家。入ってすぐ前方は和室で、換気のためか障子戸は開かれている。燦々と注ぐ陽光に晒された畳の部屋も、板張りの廊下も塵一つない。昨晩、泊まった祖父の家以上になじみの薄い、亡き祖母宅は、ひっそりと静まり――。 「あらー、いらっしゃい! おっきくなったわねー、って、会ったことないか! あたしが見たのは写真だけよね!」  あっはっは、と、活舌のよすぎる笑いが和風の二階家全体を揺るがす声量で炸裂した。予期していなかった謎の家人登場に腰を抜かしかけたが、仏頂面で戻って来た誉が、遅すぎる説明を補足した。 「この家の主だよ。お前のばあちゃんの姉……大伯母、だ。お前を連れて来いってうるさいから、細々した荷物を取りに来るついでに今日は寄った」 「もはや、ワケわかんない関係だよねー。とにかく、遠い親戚よ! よろしくね! 尊ちゃん!」 「名は富士子(ふじこ)、年は七十、ちなみに独身」  やだー、と盛大な恥じらいの笑いとともに、叔父の背には富士子の一撃が投じられた。
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