第二戦(場外戦)

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 闇木の名を持つ女性は短命――。  祖母、そして、母の、儚いとしか思えない一生を想像する時、尊の胸は締めつけられる。  一方で、最も身近な女性である姉・美琴は、共にいると生命力を奪われそうなまでの活力の持主だ。  姉が成長したら、こうなるのではないか……?  血縁者である大伯母を前に、そんな想像をせずにはいられない。 「離れた方が上手くいくこともあんのよ! じいさま――あ、ごめんね、尊ちゃんのおじいさんをそんな風に呼んで。でも、本当にじいさまだからさ! 長ちゃんとじいさまも、この家で過ごす時間を持った頃の方が、仲良くしてたの。本当よ」 「そうなんだ……」  すっかり意気投合した富士子は、祖母をほとんど知らない尊に思い出を語ってくれた。寿司桶が片づけられた食卓には、富士子が用意してくれていたプリンが登場し、仲良く差し向いで食している。  誉は二階から車に衣類等の荷物を運んでおり、尊たちにはなんら関心を払わなかった。 「俺ん家は母さんが亡くなって三人だけど、一番元気なのは姉なんだ。富士子ちゃんとも絶対、気が合うから、今度、連れて来るよ」 「あら、楽しみー! 女の子がいると華やいでいいわね。長ちゃんも、倭のお嫁さんも亡くなって、残されたのが男だけじゃねえ」  なんら気遣いのない富士子の明るい声が、かえって気持ちよかった。  ――俺の生まれた環境はクソみたいだと思ってた。 「幼い頃に母を亡くしている」という尊と誉の共通項は、実質、別モノといっても差し支えない。分別がつかぬうちに母が消えた尊と、十歳で死別を迎えた誉とでは受け止めた重みが違うだろう。父と姉が常に側にいた環境も、大伯母と実質、二人暮らしだった誉に比べれば、じつに恵まれている。 「本当によかった。誉が尊ちゃんたちの近くで暮らせるようになって。あの子、長ちゃんが亡くなった後も、この家で暮らし続けたことを悔んでたから」  え、と短い叫びが喉から漏れ落ちる。尊の驚きに、富士子は苦笑いを浮かべた。 「子供の時に選んだことだもの。誰のせいでもないわ。誉は、じいさまにだけは、まっったく懐かなくてねー。顔見ただけで大泣きするわ、押し入れに隠れて出てこないわ、そりゃあ大変だったのよ! 今はあんなスカした顔してるけど、誉にもあったのよ、子供らしい時期が」  最後にはカラカラと笑った富士子だが、尊は笑えなかった。数枚だけ撮影された父子の写真――幼少時とはいえ、誉にも実父を傷つけた自覚があったのかもしれない。 「私と二人暮らしになってからは、ずーっと大人の顔色を窺ってたわねー。『追い出されるんじゃないか』って、常に怯えてた。私はこんなだから遠慮しないし、誉もそのうち慣れたみたいだけど」 「……誉も、言ってた。唯一――その、気を許せる、みたいな人が、いるって。富士子ちゃんだよ、きっと」 「そんなこと、誉が言ったの?」 「はっきりとは、言わなかった。でも、そうだよ。他にいないでしょ」  自信を持って断言したが、富士子は紅茶の入ったカップを片手に、考えこんでいた。 「そろそろ、行くぞ」  ひょい、と顔を出した誉と視線がぶつかる。祖父の腕の中で泣いていた小さな子供。祖父を拒否し、それを後悔していた少年……写真でしか知り得ない彼の過去は、想像するより遥かに辛いものだったのではないか。 「ボーッとすんな。ぐずぐずしてると、置いていくからな」  へっ、と小憎らしい口の動きとともに吐かれた声に、一時でもに同情したことを後悔する尊であった。
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