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帰りの車内は、それはそれは賑やかだった。
「おみやげ、お菓子でいい? マカダミアナッツしか思いつかないわー」
「俺、菓子なら東京ばなながいい。空港限定味があるんだよ」
「あらそう!? じゃー、小洒落たTシャツでも買ってくるわ。イルカとかがプリントされた、サーファーが着そうなのがあるわよ、きっと」
後部座席に陣取るのは、尊と富士子の二人である。誉が呼びつけられた理由は荷物の回収だけではない。今夜発の飛行機で友人たちとハワイ旅行に出かける富士子の送迎役を仰せつかっていたのだ。
父と誉には柄の悪そうなアロハシャツを持参すると宣言し、富士子は友人たちと待ち合わせている静岡駅に降り立った。
「尊ちゃん」
窓から手を振る尊に顔を寄せた大伯母は、意味ありげな笑みを浮かべていた。
「誉の『唯一の存在』はね、私じゃないの。そのうち、わかるわよ」
はちきれんばかりの笑顔で遠ざかる富士子に、聞き返す間もなかった。
任務を終えたハイブリットカーが、緩やかに発進する。途端に静まった車内で、アロハシャツ姿の父を想像した。……きっと似合うだろう。がっしりとした体躯も、日に焼けた肌も、男らしさが溢れる顔立ちも、南国の赤や黄色といった原色に負けはしない。
(それに比べて……)
色白で痩せ型の叔父は、歌舞伎の女形のような優男である。神職の袴は着こなせても、ヤシの木やハイビスカスがプリントされたアロハシャツは難易度が高いはずだ。
「なに笑ってんだ、こら」
バックミラー越しの不機嫌な声にも、笑いを堪え切れなかった。……案外、似合うかもしれない。サングラスと、ストローハットでも被せれば、より近寄りがたい風貌となるだろう。
「いいなー、ハワイ」
わざとらしく呟き、叔父の追及をはぐらかした。この、ひねくれ者の心を懐柔した人物とは誰だろう? 春の光に淡く浮かぶ街並を眺めながら、誉の『唯一の存在』について、ぼんやりと想像を巡らせていた。
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