第二戦(延長戦)

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 尊の知らない、父の過去。父と祖父、そして、誉――。  ――(なが)ちゃんとじいさまも、この家で過ごす時間を持った頃の方が、仲良くしてたの。本当よ。  さばさばとした富士子の声が蘇る。家族関係の破綻は、ただ不仲が原因なのだと思いこんでいた。互いの距離を、過ごす場所を変えて、新たに築いた関係があったのだ。隣で独り過ごす祖父を気にしながらも、距離を詰められなかった後悔が、少しだけ浮かばれた。祖父は、祖母とも、誉とも、縁を断ち切られたわけではなかったのだ。 (父さんは――)  目の前に座る、尊のヒーローをじっと見上げる。常に笑ったような顔の父は、抱えた悲しみや後悔を一人で乗り越えてきたのだろうか? 「ん? どうした?」 「あ――写真、見たんだ。じいちゃんの部屋で、父さんと誉が、一緒に映ってるの。じいちゃんと誉のもあったけど……」 「へえ。かなり古かっただろ? 俺やじいさんと一緒に撮ったのなんて、七五三くらいまでかな。誉が十歳頃から、いきなり嫌われ始めてさ。それまでは、誰よりも俺に懐いてたから、ショックだったよ」  屈託なく笑う顔は、少しもショックを受けた風には見えない。父らしいが、内心ではかなり傷ついたはずだ。現在の兄弟仲からは想像できないほどに、写真に映る二人は幸福そうに笑っていたのだから。 「写真だけで、わかった。誉が父さんに、すごく懐いてたの。……親子みたいに」  ああ、と、父は笑いを吐き出した。どこか遠くに向けられた眼差しは、戻れない過去への憐憫とも、憧憬とも思える穏やかなものだった。 「じいさんは強面だったし、子供をあやすのは下手だったからな。運動会みたいな父親参加の行事は俺が代行したんだよ。大学の休みで帰省した時は、村山の家で寝起きしてたから」  空になったカップを見つめる父は、尊に向けてというよりは、自戒に近い調子である。表情豊かな瞳は伏せられ、だが、きゅっと持ち上がったままの口角は、いつもの朗らかな父を、かろうじて維持していた。 「それくらいしか、できなかった。誉を介している時しか、家族としての役割を果たせないと思ってた」  深夜のダイニングに、よく通る父の声が置き去りとなる。白々とした照明が映し出す静謐な夜も、どうにもならない悔恨も、尊には受け止められない質量で溢れ落ちていく。  耐え切れずに、父から視線を外した瞳が、廊下に佇む誉の姿を捉えた。  数秒ほど見つめ合った後、誉は無言で部屋へと戻って行った。父とはまるで似ていない白い顔は、何の感情も刻む気配はなく、ひっそりと薄闇へと消えていった。
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