最終戦

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  「相変わらず、でっかい木だなあ。子供の頃にはよく登ったよ」  朗らかな父の声は、木の上で身を潜める尊にもよく聞こえた。  だが、父に応じる声はない。  同じく黒榊に直る誉は無言で大木を眺めている。 (弟なら、少しは兄に気を遣って喋れっつの……)  愛想の欠片もない叔父に憤りつつも、姿を現せない尊はじっと成り行きを見守るしかない。  しばらくの間――尊には永遠とも思える長い時間だった――兄弟は黙って黒榊の下に佇んでいた。  沈黙を破ったのは、やはり父だった。 「ありがとうな、誉」 「……なにが。ガキのお守り?」  ガキ、というのが自分を指すのだと気づいてカッとなったが、「ああ」と同調した父にさらに腹が立った。葉陰から怒りに満ちた目を凝らすと、父がいつも通り笑っているのが気配で感じ取れた。 「それだけじゃなくて。じいさんの遺志を継いでくれて、ありがとう。……不動産関連の資格取得を目指してるのも、うちのためだろ? 難関なんだってな。お前なら余裕だろうけど」  べつに――父の明瞭な声に対して、誉の声はどこまでも簡素で短かった。同じ生き物とは思えぬ冷たい幹をつかむ手が強張る。 「なんで、あんたに礼を言われなきゃならないんだ」  尊の不安に追い打ちをかけるように、誉の声が鋭く朝を切り裂いた。  じっと言葉を待つ尊の鼓動が大きく音を立てている。二人の表情がはっきりとは見えない分、声だけで気配を感じとるしか術はない。どうか――どうか、これ以上、兄弟の溝が深まりませんように。じいちゃん、神さまでも閻魔さまでもいいから、力を借りてなんとかして――! 「俺が、常闇神社の神職になるって決めたのは、じいさんや母さんに懇願されたから嫌々引き受けたからじゃない」  気まぐれな春の風がふわりと枝葉を持ち上げた。対峙する父と誉の姿を見下ろす尊は瞬きも忘れて見入っていた。 「家族だから、だ。俺も、あの家の一員だ。家族の窮状に協力すんのは当然だろう。あんたは適職を見つけちまったんだ。息子の期待を裏切るような真似はすんな。尊が胸を張って学校に通えるように、最高の仕事ぶりを見せつけてやれよ。――兄さん」  誉が言い終わるか否かのところで、身を乗り出していた尊の体が宙に浮いた。頭上から降り注いだ絶叫に、父が素早く対応できたのは、並外れた反射神経を持ち合わせていたという幸運にすぎない。  ともに落下した枝やら葉やらが、パラパラと小雨のような音を響かせる中、座りこんで受け止めてくれた父の腕の中で、尊はようやく瞬きをした。  すぐ隣で同じように座りこんだ誉と目が合った。……腰を抜かしたらしい。小憎らしいポーカーフェイスをようやく崩せたことを喜ぶべきだが、さすがにタイミングが悪すぎた。 「尊……お前、また、黒榊に登ってたのか!?」 「ごめんなさい!! ……父さんも、登ったことあるんでしょ? さっき――そう、言ってた、よね……」 「どういう教育してんだ! 親子揃って罰当たりだな!! てか、神職の家系の者がするか!? フツウ!」  三人の声は、わんわんと森中に響き渡った。常闇の森に眠る闇の神をも叩き起こしかねない騒動に、空の上でカラスが旋回して鳴き喚いていた。
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