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エピローグ
普段通りの時刻に迎えた朝食は、男三人だけの味気ないものであった。
「俺は飲み物を用意しますので、焼くのは共同作業でお願いします」
厳かに差し出したボウルを兄弟二人は怪訝な顔でのぞきこんだ。食卓に並んで座る彼等の目の前にはホットプレートが用意されている。
誉宅のキッチンに立つ尊からは、二人の背中が見える。体格差の激しい父と叔父は、無言で作業に取りかかっていた。
「手抜きだろ、これ」
「どこがだよ! トッピングだって工夫してんだぞ。文句言うな。二日酔いのくせに」
「酒も飲めないガキが年長者に逆らうな」
「まあまあ。――ほら、もうすぐ人数分が焼けるぞ。尊も座れ」
笑って取りなす父の声に、誉を睨みつけたまま、コーヒーカップが乗った盆を手に席へと移動した。……生憎と正面には敵が居座る。険悪な二人を面白そうに眺めた父は、満足気に呟いた。「意気投合してくれて、俺も嬉しいよ」
父の言葉に、尊も誉も反応しなかった。各自の皿にホットケーキが行き渡り、各々で好みのトッピングを選ぶ。ホイップクリームをてんこ盛りに乗せ、さらにバナナ、チョコソースを掛けた尊は、朝とは思えぬヘビーな内容に顔をほころばせた。
ナイフとフォーク片手に顔を上げると、目の前に座る二人はちょうど同じ動作を行うところであった。父は蜂蜜、誉はメープルシロップの容器を、バターが溶け始めているホットケーキの上にかざした。
「…………」
尊の目の前で、似ている要素ゼロの兄弟二人は、機械のように揃った動きを見せた。容器を掲げる高さ、傾ける角度までぴたりと合い、一心に液体の落下地点を見つめる仕草も同じだった。どちらも蜜はホットケーキの中央を起点にうずを描くように巻いている。
「ふっ」
思わず笑いを漏らした尊に、二人は揃って顔を上げた。くりっとつぶらな父の瞳と、誉の切れ長の瞳が並んでいる。
(やっぱ……兄弟なんだ……)
きょとんとする二人の顔を交互に眺めて実感する。
――誉が十歳頃から、いきなり嫌われ始めてさ。それまでは、誰よりも俺に懐いてたから、ショックだったよ。
昨晩、笑顔に悲しみを滲ませて語った父は、弟に嫌われた理由を気づいていたのだろうか?
誉に変化が起きたその時期は、尊と姉がこの世に誕生した頃なのだ。
大好きな兄に子供が誕生し、弟の自分が甘えてはいけない――そんな風に考えたのではないか?
(ホント、素直じゃないなー……)
端整な叔父の顔を見つめて小さく息を吐いた。よかったのに。俺たちに遠慮なんてしなくても。父は、変わらなかったじゃないか。
『兄さん』が、唯一の存在だったくせに。
ありのままを受け止めて、愛してくれた、大好きな存在だったくせに。
「なに笑ってんだ、ガキ。言えよ。言わないと、シロップしみしみのホットケーキをその締まりのない顔にぶつけるぞ」
ナイフの切っ先を煌めかせて脅す人でなしの神職に、「へっ」と口の動きだけで応戦した。もう遠慮はしない。だって――。
俺たちは、家族なんだから。
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