青風襲来

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 叔父の存在については、尊も姉も承知だけはしていた。  生まれてこの方一度も、叔父に会ったことがないなどとは、随分と希薄な親類関係だと思われがちだがそうではない。  すべては祖父に起因する。  祖父は――恐るべき頑固ジジイであった。  昨冬、弔問に訪れた人々は皆、深々と慨息したものだ。 「いや、しかし豪傑な人だったよねえ」  感服とともに吐き出される言葉は時に「厳格」や「剛健」に置き換えられるが、いずれにしても温和とは程遠い人柄を物語る。  昨今のパワースポットブームや御朱印人気の影響もさして受けることなく、街の片隅に埋もれた名もなき神社の神職として奉仕していた祖父は、神社の地味さとは裏腹に存在感抜群であった。  陽の出とともに開始される朝拝の祝詞は近隣一帯に響き渡り、虎の咆哮を思わせる野太い声は、神への祈りというより呪詛のようだった、と人々は口を揃える。狭いながらも周囲を木々に囲まれた境内を持つ神社の拝殿内から、後期高齢者の翁が放つ祝詞が周辺住民の睡眠事情を脅かしたとは、人智を超えた声量である。他にも、悪戯していた近所の子を取っつかまえて境内の木に一晩括りつけたとか、不眠不休で賽銭泥棒を見張った末に投網で捕獲後、安倍川へ投げ落としたなど……。真偽のほどはさておき、武勇伝には事欠かない。  そんな祖父の唯一の泣き所は、後継者問題であった。  四十歳を目前に授かった待望の長男・(やまと)とは、犬と猿、水と油、氷と炭の関係に匹敵するほどの不仲であり、時に場外乱闘にまで発展するほどの父子喧嘩を繰り広げていた。  夫と息子の諍いにほとほと嫌気がさしていたらしき祖母は、大学進学で倭が上京すると同時に家を出た。  孤独に陥った祖父に、神は情けを与えた。  二男が誕生したのである。
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