前哨戦

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前哨戦

 叔父は、(ほまれ)と名乗った。  祖父母は長年別居していたものの、離婚はしていないので、彼も尊一家と同じ「(くら)()」の姓を持つ。記憶を辿ってみたが、尊が思い出せる十数年間において、叔父との接触は過去、一度も記憶にない。 (この人が……父さんの、弟?)  尊が疑問を抱くのも当然で、叔父は、父にも祖父にも、まったく似ていなかった。  祖父宅のテーブルに並んで座った父と誉は、どう見ても兄弟とは思えない。年齢差だけで言うならば親子の方がしっくりとくる。父より十九歳も年下の若き叔父は、大学三回生であった。  職業柄、父は日焼けしすぎであるが、誉は女性顔負けの白磁の肌である。太陽の下で溌溂と花開く向日葵と、温室で大切に育てられた胡蝶蘭を同時に目にしたような、実にちぐはぐで落ち着かない光景だ。 (おじさん、かぁ……)  腕組みをしてそっぽを向く横顔は、文句なしに整っている。涼やかな瞳は黒目が大きく、水月のような輝きを湛えていた。尊も姉も父譲りのどんぐり眼なので、泰然と構える青年は、狸一家の穴に闖入した銀狐のように浮きまくっていた。  出会いが最悪だったためか、叔父は終始無表情で、玲瓏を超えて冷淡な印象である。  じいっと見つめながら思案していた時に、不意に誉が向き直ったため、慌てて目を伏せた。 「どっちが上?」  険こそ消えたが、単調な物言いは相手を怯ませるに十分である。 「……え?」 「双子なんだろ? 兄、なの? それとも、姉?」  子供相手にふるまう愛想は持ち合わせていないらしい。唐突にぶつけられた質問に、姉弟は揃って身を強張らせた。 「こっちが姉の美琴で、聖稜女学院に通ってて……俺は弟で尊。城西小の五年……です」 「ふぅん」  短い相槌には、心からの「無関心」が込められている気がした。その証に、誉は再び横を向いて双子の存在を黙殺した。高い鼻梁、すっきりとした頤、頬杖をつく手の爪先にすら桜貝のような光沢がある。 「じゃ、これからも仲良くな。いずれは隣同士で住むわけだし、今夜はお近づきの印に鍋パーティーだ!」 「えっ!?」  無理矢理まとめに入った父の言葉に、三人は一斉に身を乗り出した。  住む、とは聞き捨てならない。春休みを利用し、挨拶がてら遊びに来ただけだろうと高を括っていたのに……。 「おい、勝手に決めるなよ。俺、約束あるから。それに――」  真っ先に反論した叔父は、困惑した顔つきでぐるりと食卓を見回した。 「俺、鍋料理って苦手なんだよね。手抜き料理のくせに、家族の絆を深めてます、みたいな押しつけがましい雰囲気」  しかめた顔も麗しく、叔父は言葉を切ると大仰に溜息をついた。 「いまさら、いいよ。家族の真似事なんて」
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