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ハンバーグ鍋は父の得意料理の一つだ。
鶏ガラスープをベースに中華風に味付けされた鍋はぐつぐつと煮え、人参、チンゲン菜が彩りを添えながら踊っている。ちゃんこやキムチ鍋は冬にしか食べないが、父の十八番であるこの鍋は季節を問わず登場する。
食卓で湯気を立てる鍋を見つめる父は、見ている方が悲しくなるほど鎮痛な面持ちだ。
「俺、よそうよ」
率先して立ち上がった尊にも顔を上げない父の目前で、玉杓子を鍋に投入する。武骨な形が男らしい大きなハンバーグは鶏のひき肉と大量の長葱で構成されている。以前は一口大だったが、徐々に巨大化していったのだ。
ハンバーグは四つ。
肉塊をよそいつつ、父の厚意を無碍にした叔父の澄ました顔が思い出されて不愉快になった。
「父さんの鍋は久々ね。私、これ大好き」
重苦しい空気を吹き飛ばすべく、姉が明るい話題を振りまいた。長女の健気な努力も虚しく、父は再び浮かない顔になり、煮えたぎる鍋に視線を落とした。
(なんだよ。そんなに弟が大事かよ)
いつまでも塞いだままの父にも、内心では安堵している自分にも徐々に苛立ちを覚え、わざとどっかりと腰を下ろした。正面に座る父を見ないようにしてご飯を掻きこむ。
弟。
十九も年下の弟。
親子ほどの年齢差だからこそ、こんなにも愛情を注げるのだろうか?
「尊、デザートもあるよ!」
早々に夕食を切り上げた姉が、キッチンカウンターから手招きした。
父が持参したみやげを前に、しばし二人で沈黙する。
闇木家御用達のケーキ店の看板商品である、「ダブルチーズケーキ・スペシャル」は、まばゆい純白の生クリームがたっぷりと塗られた重厚感ある仕上がりだ。特大サイズであり、ゆうに六人分はあろう。
「一緒に食べようと思ってたのに」
諦めの悪い父の言葉がしんみりと食卓に落ちた。尊は言葉に詰まったが、姉は違った。
「いつまでうじうじしてんのよ。おみやげだ、って、ケーキを持って行けばいいじゃない」
ねえ、と同意を求める姉に反射的に頷いてはみたものの、その提案が果たして有効かは賛成しかねた。闇木家の女王は、煮え切らない男二人に眉を吊り上げた。娘の迫力に押された父はもごもごと言い訳を述べ始める。
「いや、誉も約束があるみたいだし、邪魔するのは……」
「兄が弟を訪問するのが邪魔なわけないでしょ! 父さんが行かないなら代わりに行くわ」
姉は手際よくケーキをカットし、数切れを小皿に乗せると、ずいっと掲げて見せた。
鼻先に突きつけられたチーズケーキに、尊は目を点にするしかなかった。
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