第一一章 死地への船出 その四

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第一一章 死地への船出 その四

 再び、船越艦長の声が艦内に響いた。敵艦が消失してすぐだったのもあり、彼らは一瞬、あっけにとられる。  艦内に搭乗員たちが、 「総員配置! 急げ! 総員配置、総員配置! 配置につけー!」  と、口々に交わす。同時。  外から雷の音を何倍にも増したかのような、爆雷の音が響き渡った。あの、一度浸水した回天に戻るのかと思うと、瓢野の顔が青ざめる。 「大丈夫だ瓢野! しっかりしろ! まだ回天出撃の命令が出たわけじゃない!」  黒崎隊長が、そんな彼の肩を抱いた。 「隊長……」  そうこうしている間も、ソナー兵から、 「深さ八十! 爆雷防御」  と、いう声が飛んだ。海のなかに響くような爆雷、すぐそばに敵艦が居る恐怖。それらがないまぜになりながら、彼らは辛抱強く、回天出撃の命令を待つ。  時間にして、一分もなかっただろう。だとしても、彼らにとってそれは、途方もなく長い時間だった。 「回天に乗らんじ、こげなとこでやられるんか!」 「落ち着け!」  兎澤の顔は真っ白く青ざめ、がちがちと歯が震えていて肌には汗がぷつぷつと浮かんでいる。  さらに一分は経過したか。次第に、爆雷の音は小さくなりつつあった。 「撃ち尽くしたか、今どこだ敵艦は!」  船越艦長の声に、ソナー兵がソナー音を聞きながらしばし黙り込み、声耐えた。 「直上旋回です……待ってください! 艦尾左三十度……感二……もう一隻います」 「ちっくしょぉ。もう一隻いんのか。両舷停止! 無音潜航」 「両舷停止! 無音潜航」  頭上から、犬の唸り声のようにスクリューの音が響く。今、真上に敵艦が居る。  そう思うと瓢野の頭のなかは、真っ白になった。すると先ほどの騒ぎの報告を受けたのか、船越艦長がこちらへやってきた。 「貴様たち、大丈夫か!?」 「ハッ!」  返事をして頷く彼らに、船越艦長は苦しそうに告げる。 「待つしかない! 冷却機や扇風機は使えなくなるから暑くなる! 酸素も薄くなる! ……我慢してくれ」 「ッハ」  三号艇を確認することができずに必死に頭の中で浸水した可能性を自分の整備知識と照らし合わせながら考えていた佐野が戻ってくる。 「佐野さん! 大丈夫だよな? 的は」  しかし佐野は何とも言えなかった。 「自分も心配なのですが……」 「今すぐにでも調べたい!」  子供のように言う瓢野に、黒崎隊長は首を横に振る。浸水が起きた以上、再び交通筒を開けるのは危険すぎるのだ。回天だけ沈むならまだしも、もし万が一艦内に浸水が起きれば、最悪、艦自体が沈む。 「とにかく浮上しない限り無理だ。横になって休むぞ」  そうは言ったものの、敵艦はまるでその海域を立ち去ろうとしない。それこそ、三時間ものの間、彼らは海中にて立ち往生する羽目となったのだ。
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