第三章 佐野整備兵と、二人の少女 その一

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第三章 佐野整備兵と、二人の少女 その一

 大津島の海沿いを鳥が穏やかに鳴いている。この島に基地がある事なんて信じられないくらい、当たり前の平和を感じさせる鳴き声と心地よい波の音が聞こえる。  女学生の中海弘子と井浦ハルの二人は、普段着の紺色のモンペに白いシャツを海風にそよがせながら、いつもと違う気持ちでいつもと同じ道を歩いていた。今日はこれから、軍より指令が下った機械整備の技術習得およびその手伝いに向かうのだ。 「うー、緊張して寝れなかったぁ」    眉を下げながら言うハルに、弘子も頷く。 「先生ったら、『よろしいですか、国のため一丸となって立ち向かうために、あなたがたは特別な立場に選ばれたのです!』とか言うんだもんねぇ」    女生徒を指導する教員の一人である先生は、良くも悪くも厳しく、かつ、国への忠義が厚い女性だ。それもあってか、今回の軍からの申し出に飛び切り張り切っており、弘子とハルが選ばれるまでにもかなり時間をかけたらしい。  「そうそう! 『遅刻は無論厳禁、丁寧な言葉遣いを心がけ、担当されることの名誉を分かっていますね?』とか、すごい剣幕だったもんね」 「ねー。……でも、やっぱり緊張しちゃうよぉ」    ハルの言葉に、弘子は頷いた。 「ね、ねぇ。倉庫でお手伝いってことは、あの兵隊さんたちもいるってことかな?」  そう言われてハルは、ハッとした様子で頷いた。    島民たちは兵士らが島に到着したその日、手が空いているものは全員港に集まり、日の丸の旗を振って出迎えをした。その時に弘子やハルも、島に来た彼らの顔を見ていたのだ。島にいる男たちとは違う若い青年たちに、このご時世いくら戦時中だといえども、ごく普通の思春期を迎えた子どもたちだ。女学生たちは少なからず胸をときめかせていたのである。 「わかんないけど、もしかしたらそうかも」 「そうだよねぇ……お、お会いしたら、何て言えばいいんだろう」  そわそわとした、どこか浮ついた様子の弘子に、ハルは目を丸くする。 「ひょっとして、弘子ちゃん、誰か、良い人でも見つけたの?」 「そうじゃなくて! もし下手なこと言って、先生に知られたら」  濡れた子猫のようにぶるぶるっと身震いをした弘子の脳裏には、般若のごとく怒った先生の顔が浮かんでいた。ハルも心当たりがあるのか、かすかに頬を白くする。 「……それは怖いかも」 「でしょう?」  ああでもない、こうでもない。これまで学んできた敬語や丁寧な仕草のことを言いあいながら、二人は基地への道を急ぐ。  その頃大津基地内にある倉庫の中を、そわそわとした雰囲気で、二人の整備士たちが動き回っていた。佐野整備兵曹長と、部下の整備兵だった。 「そっち綺麗にしたか?」 「ッハ! 本式の整備手順書とかは全部金庫の中です、女学生に見られても良いものだけ出してあります」 「不用意にもの見つけて、彼女らが困っちゃいけないからな」
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