第二章 四人の飛曹 その一

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第二章 四人の飛曹 その一

 一九四五年七月一日。山口県周南市の大津基地にて、低く大きな声が響いた。 「瓢野(ひょうの)上飛曹!」    名簿を読み上げるのは、この隊では階級も歳も一番上の黒崎隊長だ。海軍兵学校出身であり、階級も少尉である。威厳があり勇ましい姿に、島民たちすら一目おくほどであった。歳が離れた妹がいるためか、面倒見もいい。元々は気性が荒い不良少年だったが責任感を帯びた今は頼りになるしっかり者である。 「ッハ」    まったく緊張感のない顔が緩んだ笑顔で、瓢野と呼ばれた青年が敬礼をする。人を笑わせるのが好きで元はお笑い芸人など目指していたらしいが、この戦時中では落語ですら禁止されるほどだ。招聘(しょうへい)されてこの隊に入ったが、今も皆を笑わせることに命を賭しているとさえ思える男だった。 「次、一宮(いちのみや)上飛曹!」 「ッハ」    続いて呼ばれた青年……一宮は、澄んだ目をした男だった。青空を映しそうなほど大きな目で、女が放っておかなそうな整った顔立ちである。元は大阪で農家をしていたそうだ。 「兎澤(とざわ)一飛曹!」 「ッハ」    最後に呼ばれた兎澤は、先ほどの二人とは違いどこか自信がなさそうだった。東京生まれの色の白い少年で、家は比較的裕福な方だったという。白い指に機械油がつく姿はどこか不釣り合いだった。この隊では最年少の一七歳だ。階級はこの隊のなかでは一番下の一等飛行兵曹。    飛行機乗りに憧れ予科練を修了。修了後必死必殺の回天に志願。志願と言っても周りが皆、志願する中で自分だけが志願しないことはできず嫌々志願したという。回天の訓練が始まってもどうせ死ぬと心のなかは投げやり状態だと、黒崎隊長は知っていた。だが、回天に搭乗することが怖いという気持ちは誰にもあるからこそ、兎澤を責めるものはいなかった。 「よし、全員いるな」    緊迫する空気が残ったまま黒崎隊長が頷いた。 「出撃に備え、この多聞隊(たもんたい)に隊長として着任した黒崎だ! 階級は少尉だ。当たり前だが我々はここで共同生活を行う。室内の物品は軍部からの備品と、この島の皆様のご厚意によるものだ。一つとして、損なってはならない! 分かったな」 「ッハ」    そろった返事をした三人と黒崎隊長の間に、少しだけ静かな空気が流れた。 「……ところで、黒崎隊長」 「どうした、瓢野」    怖いもの知らずなのか、空気が読めないだけなのか、瓢野はそんなことは気にせず笑顔で言った。 「お茶を一杯、所望いたします」 「おう、俺もそう実は思っていた」    黒崎隊長は瓢野の言葉を責めることなく、二重の目をすがめて笑顔になる。途端、四人の空気が和らいだ。
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