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第二章 四人の飛曹 その二
「緊張してばかりで兵にいいことはない。そこの兎澤少年なぞ、今にも怖がってションベンを漏らしそうだ」
「なっ。そ、そんなことはありません……ないと思います!」
「そこは貴様、ありません、で止めておけ」
「あ……」
室内に笑い声がひびいた。黒崎隊長はあたりを見回す。
「よしっ、じゃあお茶を入れようか。急須はどこだ?」
「いやいやいや、黒崎隊長は座っててください。ぼくらがやります」
兎澤は、最年少としてあわてて急須を探し出す。だが、この部屋に入ったのも最近のことだ。一体どこにあるやら検討もつかない。
スッと、兎澤の目の前に茶色い湯のみが差し出された。
振り返れば、生真面目一徹の一宮が、無言で四つ差し出している。
「ん……」
「あ、ありがとうございます!」
一宮は最低限しか話さない男だ。そこがまた女に好かれると思うと、兎澤としてはどうもやりきれないが、モテるというのも天賦の才であろう。
素直に湯呑をうけとり、黒崎隊長と瓢野のもとへ戻る。
「隊長、どうぞ!」
黒崎隊長に淹れた茶は濃く、玄米の香ばしい香りが漂っている。
「うん……いい香りだ」
「わしもわしも。兎澤、はよう入れてや」
瓢野の催促に、あわてて兎澤は湯呑に注ぐ。
「あっつ! なんじゃ、先輩に。げんこつしちゃるぞ」
「す、すみません!」
兎澤が謝ると、黒崎隊長は顔をしかめる。
「こらこら。大津基地で同じ釜の飯を食うた仲、死ぬまで一緒に暮らすんだ。仲良くしないか」
「……あ、いえ! 瓢野さんのは、どうせ嘘なんで。僕が殴られてたら止めて下さるくらいなので」
「おいおい、兎澤。せっかくワシが威厳出したのに台無しじゃあ。頼れる先輩って黒崎隊長に思われたかったのにのぉ」
黒崎隊長は二人のやりとりを見て笑顔になる。まるで故郷で親友と共に過ごした自分達を見ているようだった。
「貴様らは本当に仲が良さそうだな! いい事だ、それくらいじゃないとな」
「ッハ」
「そういえばな、島のばあさんたちから饅頭をもらった。貴様らも一つどうだ」
黒崎隊長はそういって、懐からふっくらとした饅頭を取り出した。
数としては一個だが、その大きさたるや、大人の男の両手に余るほど大きい。
この小さな島でこれほど大きな饅頭が作られるのは祭りの時ぐらいだろうと、四人にも容易に想像できた。
それだけ、この島の人々は兵隊さんである彼らを手厚くもてなしているのだ。
「……こんな饅頭なんて、いつ以来やろう」
「ほんとに……。最近は砂糖なんか高くて手が出ませんから……」
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