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甘い花
「幸花は特別だから」
彼は私を抱き寄せてそっとキスをする。唇と唇だけを重ねて、そして、頬に最後はおでこに。私は頬を紅く染めて、彼の頬におでこに最後に唇に、慎重にキスを返す。
飴細工で出来たカラフルで透明な花。
マジパンで作られた猫と蝶々。
苺、オレンジ、キウイ、ラズベリー。
何でもない日にホールサイズのケーキ。
彼はミニブーケを私に微笑みながら手渡す。スイートピー、薔薇、かすみ草。赤とピンクと白の共演。私が着ている服にぴったり合う、甘いお菓子と甘い色合いの花束。
フリルとレースがふんだんに使われたブラウス、スカート。くるみ割り人形かジゼルか。バレリーナも真っ青なフリフリの洋服。
私は彼にとって「特別」な「人形」だから、ずっと少女のように純粋でいることを求められる。
普通の23歳の女性のようにキスをされても舌を絡ませたり、彼の首筋を舐めたり、耳にキスをして誘惑したらいけない。
私は、彼が味わえなかった青春を追体験するためだけの道具。baby doll、お人形だ。
普通の23歳のように大人の恋がしたい。でも、その願いは叶わない。だって彼には大人の女性の恋人がちゃんといる、何人も。
大人の恋愛は腐るほどしてきてる彼。体の関係込みの枠はもう目一杯まで埋まっている。
だから、私は彼の大人の恋人枠の空きを密かに待っている。だって彼は憧れの人だから、キスとハグ専用のbaby dollでも側にいたい。
彼にプレゼントされた甘ロリータの服を着て、私は彼の失われた青春を取り戻す。少年に戻ったような彼の髪を優しく撫でる。
彼が飴細工の花を口移しで食べさせてくれる。甘い花の味と香りがふんわり広がる。この光景を盗撮してSNSで全世界にばらまいてしまいたい。週刊誌に売りつけたら幾らになるだろう?甘ロリータ好きの38歳男性。
彼は有名なアーティストで作曲家。
私は今話題の若手イラストレーター。
だけどSNSで拡散もできないし、週刊誌にも売れない。だって、私は彼のファンだから。彼が鍵盤を弾き、フロントマンの勇也さんが歌う二人のユニット、FOXTROT。
男性アイドルで有名な事務所の圧力を上手くかわしながら、FOXTROTは若い女性の間で大人気。しかも、微妙にボーイズラブを匂わせている。
男性アイドルを排出し続ける有名事務所から、アイドルと路線が被らないように圧力を掛けられ、ライトなボーイズラブ路線に活路を見いだすことになった。苦肉の策がヒットの着火剤になり、FOXTROTは大人気。
腐女子のファンが大量につき、ビジネスとして、ボーイズラブ路線を二人は強いられることになった。
勇也さんはグラビアアイドルと密会を週刊誌に撮られ、彼…つまり私の大好きな奏輔さんも、若手女優とのお泊まりデートを週刊誌にすっぱ抜かれた。
大手アイドル事務所と違って、週刊誌は弱小事務所には全く忖度しない。きっと何かの間違いだ、大手アイドル事務所の陰謀だと、ファンはFOXTROTの二人を信じ続けた。
週刊誌に載っている恋人達はフェイクで、勇也さんと奏輔さんは愛し合っている。そんな夢物語をファンは信じ続けている。
本当の奏輔さんは、綺麗な女性が大好きだし、かなりチャラい。揺さぶったら、ちゃらんちゃらんと音がしそうなくらいに。
そして、私が奏輔さんの純愛ごっこに付き合っているのにも訳がある。ただチャラいだけならいいけど、奏輔さんの女性の愛し方はかなり危うい。猟奇的で暴力的でドS。
今付き合ってるマネージャーさんが奏輔さんの秘密を暴露したら、FOXTROTと奏輔さんの芸能生命は確実に終わる、デートDVだから。
大学でアートセラピーを学んだ私に奏輔さんは全てを打ち明けてくれた。私は心理の専門家にはならなかったけれど、アートセラピーの初歩は学んできたし、心理学の基礎知識はある。奏輔さんが純愛を追体験して少しでも心が安定するのなら役に立ちたいと思った。
手を繋いだり、腕を組んだり、高校生の恋愛のようなことをして、奏輔さんの失われた青春時代のパズルのピースを埋めていく。
奏輔さんの失われた青春。それは、女子からの侮辱、嘲笑、端的に言うなら男のプライドを粉々にするようないじめだった。
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