過去の傷

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過去の傷

奏輔さんから聞いた話によると、高校時代に女子から相手にされないどころかいじめられていたそうだ。 「キモい、あっちいけよ」 「暗いんだよ、ボソボソしゃべるな」 「オタクは死ね」 スポーツが得意な男子やちょっと不良っぽい男子と違って奏輔さんは真面目で大人しい人だった。音楽の才能だけは抜きん出いたのに、高校受験のときに風邪をこじらせて肺炎にかかり、治ったと思ったらインフルエンザ。私立も公立も志望校のランクをかなり落とした。その結果、あまり頭の程度がよろしくない同級生に囲まれることになった。 奏輔さんにとって高校時代は暗黒期そのもので、彼の歪んだ性癖はこの頃のいじめが原因らしい。 そんな奏輔さんにも唯一の理解者となる女子がいて、彼女とは成績でトップ争いをしながら、甘酸っぱい初恋を実らせたそうだ。 ところが底辺高校の恐ろしさは、今も昔も変わらない。奏輔さんの彼女は修学旅行の宿泊先ですっ裸にされて、忍び込んできた男子達に全てを奪われてしまった。嘲笑う女子、狂った欲望をぶつける男子。 帰りの新幹線待ちのときに、奏輔さんの彼女が通過する新幹線に飛び込み、自殺をしてしまった。大パニックになる修学旅行生の中、奏輔さんはまだ彼女の身に何が起きたか知らないまま、呆然と立ち尽くしていた。 奏輔さんの彼女に起きた事の詳細は武勇伝のように学年の悪ぶった男達の間で語られ、奏輔さんは真実を知り怒りに震えた。悲しみや悔しさを鍵盤を弾くことで紛らわしていた。 「こいつらより上にいってやる」 奏輔さんは音楽で身を立てることを真剣に考えて、悔しさを糧に夢を叶えた。もちろん普通のサラリーマン家庭で育った奏輔さんには芸能界へのツテもコネも金もない。それなりの犠牲を払って上へとのしあがった。 嫌なお偉いさんを「接待」しなきゃいけないときには、亡くなった彼女を思い出した。彼女は何も得るものもなく、男達の餌食になった。そんな彼女に比べたら自分は恵まれている。無理矢理そう自分に言い聞かせる。 そして、彼女の身に起きた理不尽な出来事を許せないくせに、まだ純愛で深い仲になったことがない彼女が、学年の男達にいいようにされている姿を想像して興奮する。お偉いさん相手の「接待」のときに、男として最後まで果てるために、何度も何度も初恋の彼女の悲劇を思い描いた。 いつか自分もお偉いさんの側に立って、女たちをいいように思い通りにしてやる。奏輔さんは芸能界での地位と名誉と金を手に入れるために、お偉いさんにどんなに嫌なことをされても耐えた。どんなに嫌なことでも望まれればそれに応えた。相手が男でも、女でも。
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