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「好きすぎて東京まで追いかけてくるぐらいだもんだ。俺さ、昔は姉さんのことが理解できなかった。父さんや母さんを苦しませて、大嫌いだった。だけど俺もそこそこ恋愛をするようになって、ほんの少しだけ当時の姉さんの気持ちもわかるような気がしたんだ。それで、羨ましく思った。他のすべてを投げ捨てて一人の人を追いかけるって、なかなかできることじゃないよ。だからそんな恋愛の結末も気になる。まさかさ、諦めてはいないよね? あんなに周りに迷惑をかけて追いかけた恋なのに」  純は急に真面目な顔をして宏美を見た。  諦めるのは許さない。  そう言われているような気がして、宏美は思わず純から目を逸らした。 「……簡単なことじゃないよ」 「まぁ、そうだよね。東京にはたくさん人がいて、ビックリしちゃった。東京でユウキ君を探すのは、ものすごく難しいことだと思う。ユウキ君、当時の同級生の誰にも連絡先を教えていなかったらしいよ。親戚とも縁を切って、絶対に姉さんに見つかりたくなかったんだろうね」 「純、あんたユウキのことを調べたの?」  当時のことを、純はどこまで知っているのか。  両親が純に詳しく話したとは思えない。  きっと他の人間から色々な情報を吹きこまれたのだろう。  噂は誇張され、ありえない噂もあった。  そんな中で、純はなにを真実として受け止めているのか。  更になにを知りたいと言うのか。  以前顔を合わせた時、純は宏美の過去に触れないようにして話していた。  だけど今は、真正面から宏美に向き合おうとする。  宏美は純の意図が読めなかった。  少し前まで子供だと思っていたのに、急に大人びてしまった純にただ驚く。  どうやら、恋愛が純を変えてしまったようだった。 「姉さん、倉田祥子って覚えてる?」 「……覚えてるけど」 「俺の彼女、祥子なんだよ。だから色々と話を聞けた」 「祥子って、あんた、いくつ歳が離れていると思っているのよ」  宏美の中で祥子は、アイドル好きの面食いな女の子だった。  祥子とは、中学生以来会っていない。  だけど、当時と同じではないことはわかっている。    十数年経った今、祥子は立派な大人になってるはずだった。 「愛に年齢は関係ない」 「だからって、わざわざ私の同級生と付き合わなくたっていいじゃない」 「愛に年齢も、立場も関係ない。恋に落ちちゃったんだからしかないだろ。父さんも母さんも、祥子との年齢差を気にして、別れさせようとしてきた。俺がもしも同級生と付き合っているとしたら、反対はしなかったってさ。だけど嘘だね。俺が誰を好きになっても、あの人たちは許さないはずだ。俺には、誰にも好きになってほしくないんだよ」  純の視線が鋭くなる。  両親に怒っているようだが、宏美は自分も恨まれているのがわかった。 「それって、あてつけなの?」 「なにが?」 「それが私への復讐なの?」 「勘違いをしないでよ。俺はただ純粋に知りたかったんだ。姉さんにそんなにも愛されていた男が、どういう男なのか。さっきも言ったけど、俺は一途すぎる姉さんが羨ましい。だけど、俺が姉さんのように人を愛することは無理だと思うんだ。俺と姉さんとは全然違う。姉さんは相手をひたすら愛することに幸福を感じるタイプだろうけれど、俺はむしろ、愛されることに幸福を感じる。だから、とにかく愛される男を目指そうと思うんだ。限界まで追いつめられるような恋愛をしたい。そして愛に殺されたい」  いくら真面目な顔をして話しても、その歪みは隠せない。  純は壊れていた。  だけど宏美に純を治す方法がわかるはずがなかった。 「純は、なにか勘違いしている。私は相手を愛することに満足しているわけじゃない。私だって、愛されたいよ」 「だけど、この十年で、姉さんを愛してくれる人はいたの?」  宏美は答えられなかった。
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