七階

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 宏美にとって、岡田は最初から邪魔な存在だった。  そして最近、前にも増して消えてほしいと思うようになった。  今週発売の週刊誌に宏美のインタビューが載っていた。  岡田も同じ記者からインタビューを受けていたようで、宏美の知らなかった胡桃の話をしていた。  それがなんだか悔しかったし、岡田が宏美のことをどう思っていたのかも知って怒りを覚えた。  最初に与えた印象が悪かったにしても、酷過ぎる。  あの時は、結局岡田のほうが謝って、ジャムもしっかり受け取っていたくせに、よくあんなふうに私のことを悪く言えたものだ。  深夜に大音量でテレビを見たり、ゲームをしたりしていたのは本当だ。  だけど同じ階に住んでいた胡桃はなにも言ってこなかった。  騒音騒音と騒いでいたのはいつも岡田だけだった。  どうせ岡田に好き勝手言われるのならば、もっともっと、大きな音を立ててやればよかった。  だけど、岡田とは関係なく、騒音を出していた自分のことが空しくも思っている。  宏美は岡田じゃなくて、胡桃にこそ苦情を言われたくてわざと大きな音を立てていたのに、最後まで胡桃は現れなかった。  胡桃のために新しく用意したジャムも、玄関で埃をかぶってしまっていた。  どんな音も、胡桃の耳には入らない。  一生、ジャムを渡すことはできない。  胡桃は死んだ。  もう二度と会えない。  その現実を、宏美は上手く受け入れられずにいた。 「……胡桃」  宏美は胡桃の部屋との間に隔たっている壁を撫でて、その名前を呼んでみた。 「ねぇ。誰があなたを傷つけたの? 私にだけ、こっそり教えてよ」  七階に引っ越した時は、ぐっと胡桃に近づけた気がしていた。  しかし胡桃との間にあった壁は思いの外、厚かった。 「なんであなたが、死ななければいけなかったの? 他に死ぬべき人間は、いっぱいいるのに。なんで、あなたなのよ」  壁に向かっていくら問いかけても答えは返って来ないから、宏美は自分で考えた。  胡桃の人生において、一番影響を与えていた人物が誰なのか。  だけどいくら考えてもわかるわけがなくて、宏美は自分がここ数年で関わってきた人間の顔を思い浮かべた。  家族。管理人。スーパーやコンビニの店員。そして、マンションの住民。  胡桃の存在を以前から認識していた共通の人間と言えばマンションの住民で、中でも胡桃の様子を知っていたと思われるのは岡田だった。  実際岡田は週刊誌のインタビューの中で胡桃について宏美よりも詳しく証言していた。  おそらく岡田は、覗き穴から常に胡桃を監視していたのだ。  宏美自身も岡田から見られている覚えがあって、ずっと気持ち悪いと思っていた。だから岡田が怪しい気がしてならなかった。  また宏美は岡田の証言に嘘が含まれていることを知っていた。  胡桃のことを見張っていたのは宏美も同じだった。だけど宏美は胡桃の部屋に出入りする人々に一度も出くわしたことがなかったし、全くその気配に気づかなかった。  岡田はいったいなぜ胡桃の部屋は人の出入りが激しかったなどと嘘をついたのか。  もしも、胡桃に関することで、岡田になにか後ろめたいことがあるとしたら。  もしも、胡桃が自殺をしたのではなく、誰かに殺害されたのだとしたら。  もしも、その誰かが、岡田なのだとしたら。  岡田も警察に事情聴取を受けているはずだ。警察はおそらく岡田のことを疑っているのだろう。  今どこまで岡田のことを調べているのかはわからない。  捕まるその日まで逃げないように見張らなければ。  決意した宏美はテレビの電源を切った。  室内が急に静まり返ってことにより、廊下で誰かが息を呑んだ音が聞こえたような気がした。
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