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【七〇六号室】
マンションの中は、あいかわらず騒がしいままだ。
数週間前、向かいの部屋の住民、胡桃正治が自殺して、複数の警察がマンションにやってきた。
岡田暖人は警察からいくつかの質問を受けた。
聞かれたのは簡単なことで、普段の胡桃の様子を知りたがっていた。
暖人が顔が良いけど無愛想で暗い男だったと言えば、警察は納得したように頷いて帰って行った。
その後、胡桃の部屋から第三者の血痕が見つかって、どこか形式的だった捜査の空気が一変した。
特殊な事件のにおいを嗅ぎつけたのか、メディアは大々的に胡桃のニュースを扱った。ネットでも騒がれ、胡桃のファンクラブが出来たのは意味がわからなかった。
暖人は警察からきちんとした事情聴取を受けることになり、今度は胡桃に直接関係ない私生活のことまでしつこく質問された。
暖人が、もしかして自分が疑われているのかもしれないと思い始めた頃、ある週刊誌の記者が接触してきた。
週刊誌の記者は胡桃となにかトラブルがあったのではないかとは最初から暖人を疑っている様子だった。
だから暖人は、なんとしてでも疑いを解こうとマンションの事情をすべて記者に話してしまった。
そして発売された週刊誌の中に暖人のインタビュー記事が載った。
記事の内容を読む限り、記者は暖人を疑うことをやめたようだった。
ただ暖人にとって誤算だったのは、七〇二号室の住民、早川宏美の悪口もしっかりと載せられてしまったことだった。
暖人の証言が原因か、記事を読んだ人々の一部は七〇二号室の住民が胡桃の自殺と関わっているのではないと疑い出していた。
暖人の友人の何人かは隣の女が胡桃を殺したに違いない、早く警察に通報しろとわざわざメッセージを送ってきた。
夕方のワイドショーでも、隣人トラブルがあったのではないかと、いかにも博識そうなコメンテーターが発言していた。
暖人自身は別に早川のことを疑っているわけじゃなかった。
インタビューの流れでつい騒音トラブルのことを話してしまったけれど、その時は胡桃の自殺とは無関係だと思っていた。
けれど誰かになにかを言われる度に、テレビで情報を得る度に、本当に早川が犯人かもしれないと思えるようになってきた。
早川は胡桃が死ぬ前から、明らかに異常だった。
騒音に悩まされた結果三階から七階にわざわざ引っ越してきておいて、自らも騒音を立てて隣人に迷惑をかける心理が暖人にはわからない。
自分が嫌な思いをしたからこそ、騒音に気をつけるのが普通だろうと思えた。
ただ案外自分自身がどれだけの騒音を立てているのか気づきにくいものかもしれない。
だから管理会社から間接的に注意してもらうことにした。
最初に注意された時点で控えればまだ許せた。
だけど早川は注意すれば注意するほど行動をエスカレートさせていた。
今思えば、きっと胡桃も早川の騒音に悩まされていたに違いない。
仮に他の原因で思い詰めていたとして、騒音のストレスが自殺の後押しになったのではないかと考えると、暖人は複雑な気落ちになった。
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