七階

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「俺の勝手ですよ。てか、なんなんですか? 俺がなにをしようと、あなたには関係ないでしょ」 「関係あるわ。あんたがまだなにかを企んでいるのなら、隣人として今度こそ止めなければいけないと思うからね」 「は? どういう意味ですか?」 「私はもう知っているのよ。あんたが彼を殺したんでしょ」 「はぁ? 彼って」 「とぼけないで」 「もしかして、胡桃正治のことですか?」 「他に誰がいるのよ」 「いやいやいや、意味がわからない。胡桃は自殺したんですよ。色々な犯罪に関わっていたから他殺も疑われていたみたいだけど、結局自殺だって、テレビでも言っていたじゃないですか。それなのに俺が殺したって、本気で意味がわからないんですけど」 「誤魔化したって無駄よ。私には全部わかっているんだから。あんたは、一方的に彼を恨んでたんでしょ」 「仮にそうだとして、一体どんな恨みがあるって言うんですか」 「私は知らないわ。あんたが一番よくわかっているでしょ」 「無茶苦茶な」 「例えば完璧な彼に嫉妬していたとか」 「中身クズで、顔くらいしか嫉妬する要素なかったじゃないですか」 「顔に憧れていたのね」 「言質とっているつもりですか? ほんと、馬鹿馬鹿しい」 「内心、焦っているんでしょ。今はまだ捕まってないみたいだけど、どこにも逃げられないからね。警察にあんたが犯人だって、すでに言っておいたから。彼のお婆さんが中にいるのならば、やっぱり教えてあげなきゃね。七〇六号室の住民は殺人犯だから、近づかないほうがいいってね」 「いい加減にしてくれませんか。流石に殺人犯呼びはないでしょ。マジで迷惑なんですけど。警察が早川さんの言葉なんて信じるわけがないでしょ。俺、前から思っていたんですけど、早川さんってなんかの病気なんですか?」 「は? 私のどこか病気だって言うのよ」 「自覚がないんですか? だとしたら一度病院に行って診てもらったほうがいいですよ」 「失礼ね。頭がおかしいのはそっちでしょ。あんたなんて、殺人犯なんだから」 「だから、その呼び方はやめてください。名誉棄損で訴えますよ」 「訴えればいいじゃない。私に落ち度はないから、結果困るのはあんたよ」 「俺は早川さんの中ではおかしい人間なんですね。だけどこれまでマンションでトラブルを起こしていたのは早川さんのほうですからね。俺以外の人間にも何度も注意されて、どうして自分自身がおかしいことに気づけないんですか? 胡桃さんもあなたの部屋から聞こえる騒音には迷惑をしていたと思います。他に嫌なことがあったとして、あなたの騒音はかなりのストレスになっていたでしょうね。その意味で、胡桃さんを殺したのは、むしろ早川さんじゃないですか?」 「やめてよ! 私があの人を殺すわけがないでしょ!」  暖人が言うと、早川は急に大声を上げた。  暖人は早川の声に少しだけ怯んだものの、まだまだ言いたいことがあった。 「なんでそんなにムキになっているんですか? 増々怪しいじゃないですか。もしかして、胡桃さんを殺してしまったかもしれないって自覚があったんですか? てか、あの人とか、彼とか、親しそうに言って、胡桃さんとはどういう関係だったんですか?」 「ただの、隣人よ」 「ただの隣人にしては、前から気にかけ過ぎていていたように思います。そもそもおかしいんですよ。なんで三階から七階に引っ越してきたんですか? 普通そんなことしないでしょ。もしかして、最初から胡桃さんが目的だったんですか? 早川さんは、胡桃さんのストーカーってことですか?」 「いい加減にしてよ!! あんたになにがわかるのよ! あんたがいなければ私たちは上手く行っていたのよ! あんたが全部悪いのよ! あんたが、殺したのよ!」  早川はそれまで部屋の扉越しに話していたけれど、次の瞬間扉を全開にして飛び出てきた。  勢いよく暖人の胸倉を掴んで、怒鳴り声を上げる。  暖人はいきなりのことに驚き、反射的に早川を殴りそうになってしまった。  けれど手を上げたと同時に、エレベーターの扉が開く音がして正気に戻った。
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