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【七〇二号室】
そんなわけがない。
胡桃が私のせいで死んだなんて、絶対にありえない。
宏美は七○一号室と七○二号室を隔てる壁に寄りかかりながら、岡田に言われた言葉と清水から得た情報を整理しようとしていた。
清水によると、胡桃の部屋の中で殺人事件は起こっていないということだった。そして胡桃の死自体に事件性もないようで、結局は自殺ということで片づけられてしまうようだ。
だけど、本当にそれが正しいのだろうか。
なにかがおかしい気がする。
突きつけられる現実のすべてに裏があるような気がする。
誰かが、嘘をついている。
誰かが、真実を隠蔽しようとしている。
誰かが、罪から逃げようとしている。
みんな、それでいいと思っている。
これじゃあ胡桃が、救われない。
こうなったら、私がなんとかしてあげるしかない。
私だけしか、胡桃を理解してあげられない。
宏美は自分だけが頼りだと、拳を強く握りしめた。
そして改めて、情報を整理する。
岡田は老婆が胡桃の部屋に入るのを見たと発言していた。
けれど実際に部屋の中には誰もいなかった。
岡田はなにかしらの意図があって嘘をついたのか。
それとも、老婆の幻覚を見ていたのか。
嘘をついていたにしては、部屋の中に誰もいないとわかった時、本心で驚いたような表情をしていた。
そしてなにかに怯えるように、身体を震わせていたのを宏美は見逃さなかった。
だったらやはり、幻覚を見ていたのだろう。
宏美がそうだと納得してしまうのは、岡田の頭がおかしいのを前から知っていたからだった。
岡田は異常に物音に敏感だった。ほんのちょっとの物音に怒り、何度も苦情を入れてきた。あれはきっと普通の精神状態じゃないからこその行動だったのだと宏美は思う。
だとして、岡田がおかしくなった原因はなんなのだろうか。
生まれた時からどこかおかしい人がいて、成長する過程で心を壊していく人もいる。
岡田がどっちのタイプなのか知らないけれど、一見普通の大学生に見える。一定レベルの学力と、独り暮らしができる生活レベルはあると考えると、高校生までは何事もなかったのではないかと考えられる。
なにかおかしな点があったら、両親は上京を許さないはずである。つまり、大学生になってから岡田のおかしさは露呈したのだ。
じゃあ、大学でなにかがあったのか。
宏美は大学に行っていないので、大学での岡田の姿を想像しようとしても上手くイメージができなかった。
それでも、無理に頭を働かせ、悪い人間とつるむ岡田を思い浮かべた。
大学には人がたくさんいる。
良い人間も、悪い人間もいて、付き合う人間によってその後の人生も変わっていく。
純粋な田舎者だった岡田は捕まってしまったのではないか。
とても、悪い人間に。
少なくとも誰かに脅されている様子ではない。
幻覚を見ているということは、たぶん薬を教えられてしまったのだ。
そして依存し、やめられなくなってしまった。
胡桃はそのことに気づいて、だから殺されたのではないか。
いや、胡桃はやはり自殺した。
向いの部屋にいる薬中男の存在に悩んで自殺したのだ。
だとしたら、胡桃の部屋からほとんど気配や物音がしなかった理由もわかる。
胡桃は岡田を刺激しないように細心の注意を払って生活していたに違いない。
そこまで考えて、宏美は改めて自身の罪を否定した。
宏美は内心、岡田の言葉にショックを受けていた。
私が立てた物音が胡桃のストレスとなっていたというのは、岡田の勝手な解釈でしかない。
私は悪くない。
私が胡桃を追い詰めたなんてありえない。
私は胡桃を愛していたのだから、胡桃が嫌なことをするわけがないのだ。
そう。岡田の言葉は本当じゃない。
岡田が自分の罪を私になすりつけようとしていただけだ。
告発してやる。
絶対に破滅させてやる。
それが、胡桃への供養になる。
宏美は胡桃の敵を討つ決意を改めて固めて、眠りについた。
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