騒音

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「てかさ、胡桃って、自殺した人の名前だよな。この記事を読む限り、あの女とこの胡桃って男はほとんど関係がないように思える。だけど、さっきはやけに親しそうに胡桃胡桃って呼んでいたよね。いったいどういうことなんだろう」 「やっぱり変だよな。あの女が三階から七階に移り住んで来たのは、最初から胡桃が目当てだったのかもしれないって俺は思っているんだ」 「それってつまり、あの女は胡桃のストーカーだったってこと?」  海藤は顔を引きつらせる。  海藤からストーカーという言葉が出て、暖人は確信を得たような気がした。 「そうだ。そうなんだよ。あの女は、ストーカーだったんだ。胡桃はあの女のストーカー行為にかなり気が滅入っていたはずだ。話が通じる相手じゃなくて、無視しても、関わってもストレスが溜まるだけだった。ターゲットじゃない俺が我慢の限界だったんだ。胡桃は、かなり早くに限界を超えていて、結果死んだんだ」 「もしもそれが事実だとしたら、人殺しは暖人じゃなくてあの女じゃないか」 「ああ。でも、とりあえず胡桃が自殺をしたのは確からしい。その上で誰か悪者がいるとしたら、あの女しかいないよな」  胡桃を取り巻く人間関係はマンションだけに限られていたわけではないはずだ。  もっと他に登場人物はいただろうけれど、暖人には想像しようがなかった。  少なくとも早川みたいな異常な人間はそういないように思えた。 「もしかしたらさ、あの女も自覚があるのかもしれないよ。自分が失敗したって。だけど認めたくなくて、暖人を執拗に責めているのかも。人って自分よりももっと悪いやつがいたら安心するじゃん」 「どこまでも面倒くせぇな。記事では近い内に引っ越すって言っているだろ。だから喜んでいたのに、今のところ全くどこかに行く気配がないし、どういうつもりなんだ」 「今後、何事もなければいいね。だけど、なんか嫌な予感がする。俺さ、ここに来るまでにあの女とエレベーターで一緒だったんだ。出くわした瞬間に挨拶したけど無視された。代わりにすげぇ冷たい視線を向けられてさ、無意識になにか失礼なことをしちゃったのかって考えたよ。今思えば殺意のようなもんが混じった視線だったのかも。俺の目的地を知って、あの女は怒っていたんだ。七階は、あの女のテリトリーだから」 「俺のテリトリーでもある」 「縄張り争いするなよ。あの女、かなり情緒不安だったみたいだし、マジでなにをするかわかんねぇよ。なぁ暖人、しばらく俺の家に来るか?」 「あと二ヶ月なんだから、なんとか乗り切るよ。ただ、俺が殺されていないかの確認も込めて、これからはちょくちょく遊びに来てくれないか? 一人暮らしって、なんかの拍子で死んだ時発見が遅れそうじゃん。あの女に刺されたとして、発見が早かったら助かることもあるだろうし、頼むよ」  空気が暗くなり過ぎたのを払拭しようと、暖人は冗談っぽく言う。  海藤も暖人の気を組んだのか、ニヤリと笑った。
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