騒音

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「少し前まで他人を家に入れることを嫌がっていたのに、ほんと変わったな。だいぶ心が弱ってる証拠だろうな。可哀想だから今度暖人慰めの会を開いてやるか。身体も心も温めるのを目的に鍋パーティーをしようぜ。この部屋で。鈴木とかを呼んで」 「そう言えば、最近色々あって全然遊んでなかったな」 「一之瀬もようやく内定貰ったってさ。これで俺らの周りの奴らはみんな進路が決まったってことで心置きなく騒げるぜ」 「お前らが騒いでくれたら、このマンションが纏う辛気臭い空気もどこかに行きそうだな」  暖人の気持ちは海藤のおかげでだいぶ軽くなった。  海藤に至っては勝手に本棚を漁って漫画を読みだしていた。  暖人は海藤を横目にお茶でも出そうかと立ち上がった。そしてなんとなく玄関に向かって、覗き穴を覗いてみた。  すると黒い影が視界に入って、暖人は思わず後退りをした。  そんな暖人の行動を見ていたらしい海藤が玄関に来て、同じように覗き穴を覗く。  そしてそこにいる人物を確認し、いよいよ深刻そうな顔をして口を開いた。 「今の話、全部聞かれていたかもね」  海藤は少し声を低めて言う。  暖人は小さく舌打ちして、扉を一度蹴った。  すると外側からより強い衝撃が返って来た。 「暖人、刺激するなって」  暖人がもう一度蹴ろうとしたら、海藤に止められた。 「なんで俺が気を使わなきゃいけないんだよ。なんか、俺だけビビってるみたいのが嫌なんだよ。マジでムカついてきた。どうにかして痛い目に合わせたい」 「だから、駄目だって。こんな女のために人生を無駄にするようなことをするなよ」  海藤はもう一度覗き穴から外を見る。そしてあっと、声を上げた。 「今、向かいの部屋から子どもが出てきたよ。暖人が子どもを見たって話、本当だったんだな」 「だから俺は、嘘なんてついていないって言っただろ。それで、女は?」 「じっとこっちを睨んでる。子どもの存在に気づいていないみたいだ。暖人のことばかり気になって、周りが見えていないんだよ」 「相当重症だろ。マジでキモいわ」 「女のこと、一応警察に相談しておいたほうがいいかもしれない。管理会社には子どもが胡桃の部屋に侵入していたことを伝えるんだろ。そのついでに女のことも話しな」 「そうするかな。警察とかできればもう一生関わりたくなかったんだけどな。これまでずっと女のターゲットだった胡桃には心から同情するわ」  暖人は言いながら海藤を押し退けて覗き穴から再び廊下を見る。  扉の外にいるのは早川だけで、子どもの姿はどこにもなかった。
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