騒音

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【七〇二号室】  訪問者は減らない。  時間が経てば世間は胡桃への興味を失い、マンションに出入りする人間も徐々に減っていくはずだった。  だけど実際、訪問者は増えていた。  しかも多くは二十代前半の若者ばかりで、彼らは岡田の友人のようだった。  宏美は七階に引っ越して以来、胡桃を観察しながら岡田の生活サイクルを掴んでいた。だからこれまでの二年間、岡田の部屋に訪問者がほとんどいなかったことを知っていた。  それなのにどうして今更他人を迎えているのだろうか。  これはあてつけなのではないかと宏美は考える。  少し前、岡田と出くわし、怒りにまかせて岡田の部屋の扉を蹴ってしまった。  後で冷静になって、流石に不味かったのではないかと反省した。  けれど謝るのはしゃくで、忘れることにした。  だけど数日後、若者がマンションに出入りするようになって対応は間違っていたのだと気づいた。  たぶん今更謝っても無駄だった。  それにやはり、謝りたくなかった。  じゃあ、いったいどうすればいいのか。  宏美は学生がマンションに出入りするようになってから部屋を出られなくなってしまった。  岡田のことは怖くないけれど、他の学生は怖かった。  学生たちはみな自信に満ち溢れているように見え、宏美にはあまりにも眩し過ぎた。  学生たちは昼夜を気にしないで出入りしている。  七階に住民が岡田と宏美だけというのを知っているのか、廊下でも私語が酷かった。わざわざ廊下で長電話をする者や、ペットボトルなどを並べボーリングをする者たちもいた。  宏美は学生の騒音が酷いと管理会社に苦情を入れたが、対応は粗末なものだった。むしろ、転居先は決まったのかと質問されて、まだだと答えるとわざとらしく溜息を吐かれた。  そして岡田が薬物常習者だと訴えても信じてくれなかった。  警察に同じことを伝えても事務的な受け答えをするだけで、本気で取り合ってくれることはなかった。  誰もが宏美の言葉を真剣に聞いてくれない。  まるで自分一人が悪者のようで、宏美は絶望を覚えた。  孤独だったのは前からだったけれど、前は多くのことに希望を持てた。  前はなにを支えに生きていたのかと考えて、宏美は胡桃の顔を思い浮かべた。  胡桃が生きている時は、他人の言葉や視線など全く気にならなかった。  外から聞こえる些細な音も、胡桃が出したものではないのかと考えると、胸がときめき許容できだ。  でも、今は胡桃がいない。  だから、すべての歯車が合わなくなっている。  胡桃が生きていた時と、現在のギャップが激し過ぎて、宏美は発狂しそうになった。  どうしてこうなってしまったのか。  どうして胡桃は一人で死んでしまったのか。  私は、胡桃がいないと駄目だった。  胡桃だけが支えだった。  胡桃がいない世界で生きていてもしかたがない気がしてきて、宏美は自殺を考えることが多くなった。  だけど、岡田はもう直ぐマンションを出て行くことが決まっている。岡田がいなくなれば、学生たちも来なくなる。  誰もいなくなった後に始まる胡桃の部屋での生活を想像するとどうしても死に切れない。  そして死ぬのは来年の三月だと決め耐えることにした。
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