騒音

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 今日は誰かが家に来る予定はない。  数週間ほど馬鹿騒ぎをしていたが、みんな決して暇ではなかった。  バイトや課題、内定先での研修や資格の取得を求められている者もいる。そしてそろそろ卒論を仕上げなければいけない時期に差しかかっていた。  みんなとは卒論が完成したら大々的に集まろうと約束している。  その日を楽しみにして、暖人は朝からパソコンに向かっていた。  数時間粘って集中力が切れた時、突然部屋のインターフォンが鳴った。  暖人はドキリとして、玄関に目を向けた。  宅配物が届く予定はない。  友人か。  それとも、早川か。  早川は今でこそ大人しくしているものの、暖人の行動を常に見張っているようだった。  だから今、暖人が部屋に一人でいることを知っているはずだった。  暖人は物音を立てないように移動して、覗き穴から外を確認した。  そしてそこに立っている人物の姿を見て、ホッと胸を撫で下ろした。 「相沢さん、どうしたんですか?」  鍵を解除して、ドアチェーンを外す。そして扉を開けたら、二十代後半の男、相沢が人の良さそうな笑みを浮かべて立っていた。  相沢は髪を茶色に染め、厚手のパーカーとジーパンというラフな格好をしている。一見大学生のように見えた。 「こんにちは。突然で悪いんだけど、今、いいかな?」 「いいっすけど。まだなにか聞きたいんですか?」 「聞きたいとうよりも、報告をしたくてね」  相沢はそう言ってドーナツ屋の箱を暖人に渡してきた。受け取りながら暖人がお礼を言うと、確か甘党だったよねと笑った。  相沢は以前暖人と早川のインタビュー記事を雑誌に乗せた記者だった。その時、暖人は食べ物の好みまで聞き出されてしまった。甘党だと覚えていたのに驚いた。そして相沢が音声を録音していたのを思い出して納得した。 「とりあえず、中に入ってください」 「おや? 前回は他人を部屋に入れることを嫌がっていたよね。だからインタビューは近くのファミレスでした。今日は僕が部屋に入れることを許してくれるのかい?」 「もう変な拘りはなくすことにしたんです」 「ふーん。もしかして、胡桃の死がきっかけになったとか?」 「そうですね。一人でいると色々考えてしまって、そんな時に友達を呼んだからかなり気持ちが楽になりました。それで、友達の大切さに気づきましたよ。卒業を前に壁を壊せたのはラッキーでした。大学でできた友達は、たぶん一生の友達です」 「なるほどね。なんか安心したよ。以前インタビューをした時、君の顔はえらく暗かったから心配だったんだ。自殺は連鎖すると聞くから、余計にね」  相沢はニタリを笑う。もういい歳なのに、妙に子供っぽい笑みだった。そうでなくとも、相沢は童顔であった。  暖人は最初に相沢に会った時、実は年下なのではないかと疑ってしまった。 「俺が死んだとしたら、記事にしてくれますか?」 「胡桃のことと絡めて書くと面白そうだね。まだ色々と憶測が飛ぶはずだ」 「またあることないこと言われるんでしょうね」 「死んだらどうせわからないよ」  暖人は冗談を言いながら相沢を部屋の奥に案内して座らせる。  それから廊下にある台所に戻ってお茶の準備をした。  横目で相沢に視線を向けると、相沢は鞄からなにかの資料を取り出していた。
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