プロローグ

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【七〇六号室】  えーっと、確か、ネットで確認した天気予報では、その日は一日中雨ということでした。  だけど、昼前のほんのひと時だけ雨が止んだんです。  今がチャンスだと思って、近所のスーパーに食料の買い出しに行きました。 帰る頃にはまた降って来ちゃってましたけどね。  それで、一通り買い物を済ませて、帰宅して、玄関で靴を脱いでいると、廊下から人の気配を感じました。  それでなんとなく、覗き穴から外の様子を見てみました。  どうやら向かいの部屋、七〇一号室の部屋のお客さんのようで、その人はインターフォンを鳴らしていました。  五十代前半くらいの小柄な女性でした。  その人は七〇一号室の人の母親だった可能性もあるけれど、たぶん違うでしょうね。  七〇一号室には、普段から人の出入りが多かったんですよ。  毎日、数人は出入りしていました。  子どもから、お年寄りまで、幅広い年代の人を見かけました。  その人たちと挨拶を交わしたことはありません。  不思議と、廊下を歩いている時に出くわすことはありませんでした。  いつも覗き穴越しに見かけていたんです。  今思えば、あの人たちは、廊下に誰もいないのを確認してから七〇一号室を訪問していたのかもしませんね。  なぜこそこそする必要があったのかって?  俺にそれがわかるわけがありませんよ。  逆に、なぜだと思いますか?  ほら、やっぱりわからない。  ほんと、なんでなんでしょうね。  七○一号室に訪問している人たちはみな同じように暗い顔をしていましたよ。  そんな人たちが中でなにをやっているのかと気にならないわけがありません。  見かけるたびに、もやもやしていました。  結局、わからずじまいです。  もしかして、中でなにか犯罪が行われていたんですかね。  てか、俺が見かけた女性が七〇一号室の人を殺していた犯人だったら、どうしましょう。今のところ自殺ってことになってるけど、結構不安です。  なににしても、妙だと思った時に警察か管理会社に連絡しておいたほうがよかったのかと、ちょっとだけ後悔しています。  そしたら、七〇一号室の人は死なないで済んだかもしれませんしね。  七〇一号室の住民の印象は、特にないですね。  まぁまぁ小奇麗な顔と恰好をしていましたよ。  何度か廊下ですれ違うことがあるくらいで、世間話をするような関係ではなかったです。  それでも最初に出くわした時は、こちらから挨拶をしたんですよ。  普通に無視されました。  その時は気分が悪かったけれど、そんなもんかなと思って、次から挨拶をするのを辞めました。  それで全然問題なかったです。  親しくする必要性は感じていなかったですし、向こうもそうだったんでしょうね。  七〇一号室の物音が気になったことはありません。  最高に煩かったのは、七〇二号室に住んでいた女のほうです。  精神的な苦痛を覚えるレベルの騒音に、ずっと悩まされていました。  いや、ずっとと言っても、最初のうちは良かったんですよ。  あの女が引っ越してきてから、狂い始めたんです。  俺がこのマンションに入居したのは、大学入学と同時、だいたい今から三年と半年前になります。  七〇一号室の男と七〇二号室の女がそれぞれ引っ越してきたのは、確か二年くらい前だったと思います。  女も最初のうちは静かで、普通の人のように見えました。  引っ越しの挨拶とかもちゃんとするタイプでしたし。  だけどだんだん常識を逸脱した行動をとるようになったんです。  あの女、窓を開けっ放しでテレビを見たり、ゲームをしたりするんですよ。  それもほどほどな音量ならいいけれど、爆音で。  真夜中に廊下で長電話された時は、流石にブチ切れそうになりました。  その時は直接言うのを我慢して、管理会社の人を介してそれまでの騒音も含めて注意してもらいました。  だけど全く効果はありませんでした。  あの女、神経質な人もいるのねって、自分がどれだけの騒音を出しているかの自覚がないようでした。
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