七階

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「あなたも一度三階に住んでみればわかるわよ。躾のなっていない子供の声がどれだけストレスになるのか想像がつかないんでしょ。それでも気を使っている素振りを少しでも見せてくれれば許せたのに、開き直って、まるで私のほうが悪いみたいになって……ほんとに、あいつらから離れられて清々したわ。あ、そうだ。あなた、学生よね? 友達を連れてくるのは構わないけれど、あんまり馬鹿騒ぎをしないように気をつけてね」 「自分は他人を自分の部屋に上げたくないタイプなので心配はいらないですよ。それよりも、七〇一号室の部屋のほうが人の出入りが多いみたいですよ。早川さんの部屋の隣だから、ひょっとしたら物音が気になるかもしれませんね。ついさっきも若い女が入って行きましたし」 「は? 若い女?」 「彼女なんでしょうかね。一瞬しか見ていないけど、可愛い系でした。七○一号室の人、無愛想だけど綺麗な顔しているからモテるんでしょうね。顔が良いと、得だよなぁ」  岡田は胡桃の部屋の扉を見て薄く笑う。  宏美は岡田の話が信じられなくて、首を横に振った。 「私、そんなの知らないわ」 「知らないって、彼女の存在ですか? 別に知らなくて当然だと思いますけど」 「そうじゃない。誰かが七○一号室を訪れていたなんて、知らない。夕方からずっと耳を澄ましていたの。隣の人が本当に部屋にいるのかどうか、確認しようとしていた。だけど、なにも聞こえてこなかった。話し声はもちろん、扉が開く音なんて、全く聞こえなかったわ」 「そんなことを言われたって、俺には普通に聞こえていましたよ。早川さんが何度もインターフォンを押しているのを知っているし、三十分くらい前に若い女が隣の部屋に入って行くのも見ました。建物の構造かなんかで音の伝わり方が違うんですかね」  岡田は自身の部屋の扉についている覗き穴を指差す。  宏美は岡田に見られていることに全く気づかなかった。  だから事実を知ってゾッとした。  まるで監視されているみたいだ。  岡田に悪びれる様子がないのも、また気持ちが悪かった。 「じゃあ、今この部屋の中にはあの男と、若い女が二人でいるってこと?」 「そういうことになりますね。てか、早川さん、もしかして、七〇一号室の人に気があるんですか? だからそんなに気にしているんですか?」 「えっ……」  岡田に図星をつかれて、宏美は一瞬言葉を失う。  もしも胡桃が岡田のように部屋の向こう側から覗いていてこれまでの会話を盗み聞きしていたらと考えると、心臓が信じられないほどの速さで動きだした。 「……そんなわけ、ないでしょ。まだ話したこともない人なんだから。隣の住民の人柄を知っておきたかっただけ。怪しい人だったら嫌でしょ。三階で失敗しているから、余計にね。だけど、もういい。七○一号室の人も、あなたも、ご近所付き合いをする気はないってことはよくわかったから。私もドライな関係を心がけるわ」  宏美はわざと冷めたような振りをして取り繕うしかなかった。
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