白と黒

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 涼やかな陽光にも暖かな月光にも似た音を奏でて、溢れた光が赤の王を包み込む。突然の輝きに驚くライデンが見守るなか、きらきらと輝く粒子たちが赤の王に触れると、まるで時間が遡るようにして、骨や肉、臓器が再生されていった。  だが、黄の王の見込み通り、これは時遡(じそ)魔法ではない。それよりもずっと禁忌に近い、理性と倫理で封じられた魔法だ。  この魔法の存在は、白の王と黒の王しか知らない。たとえ何かで知る機会があったとしても、二人の王の記憶にしか残らない。王となった瞬間に知識として刷り込まれ、王を退いた瞬間に記憶から脱落する。そうやって、この禁忌の魔法は守られてきた。だから、かつてこの魔法が使われることがあったのかどうかすら、白の王は知らない。  肉体の再生に伴い、赤の王の呼吸が落ち着いていく。更に、再生した肉の内側では失われた血液が取り戻されはじめ、そしてとうとう、彼は一部の欠損もない元の姿になった。  そう、回復魔法とは、自己治癒力を高める魔法でもなく、時を遡る魔法でもない。  生を損なうあらゆる事象を、否定する魔法である。  故に、対象が死んでさえいなければ、理論上は回復魔法による治癒は万能であり、治せぬ傷や病気は存在しない。ただし、回復魔法を扱える人間は少なく、肉体の欠損を否定できるほどの高度な魔法となると、使えるのはほんの一握りの魔法師のみだ。更に、事象の否定の際に支払う魔力量は他の魔法とは比較にならないほど多く、いかに白の王と言えど、物理的に失った身体の一部を復元するのが関の山である。  故に、たとえ回復魔法の使用者として最高峰である白の国の王の手を以てしても、赤の王のような死の間際にある生き物を救うことはできない。そして、回復魔法の原理を知っている者も知らない者も、それが回復魔法の限界であり、生き物の理であると理解している。  だが、その理を踏み越える魔法が、たったひとつだけ存在するのだ。そしてその存在を、白の王と黒の王だけが知っている。
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