白と黒

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 徐々に光が消えていく様を見つめながら、白の王が小さく息を吐いた。  魔法を発動するために支払うのは、いつだって魔力である。だが、この魔法は違う。理を越えることでしか成せないこの魔法による奇跡を呼ぶためには、魔力程度では到底足り得ない。  死んでさえいなければ、対象がどんな状態であろうとも、必ず完治させる。そんな魔法に求められるのは、それに見合うだけの代償だ。 (……そう。生を繋ぐためには、同じ生を差し出すしかありません)  胸の内で、白の王が呟く。その重みに、彼女はぎゅっと唇を噛み締め、空を仰いだ。  喪われる命を繋ぎ止めるために、魔力に加えて彼女が支払った代償。それは、輪廻の流れに揺蕩うはずだった魂だ。  黒と白は表裏一体。黒の王が殺し、生を否定した魂は、黒の王獣へと蓄積され、白の王獣へと繋がる。そうしてずっと保存されてきた魂を、代償として差し出したのだ。  一人を救うために犠牲になった魂の数は、白の王には判らない。けれど、これだけの傷を癒す力となれば、恐らく十数のそれでは済まなかっただろう。  だが、それを知ることができるのは黒の王だけで、そして彼はきっと教えてはくれない。そうやって、白と黒が半分ずつ罪を背負うことで、この魔法は成り立っている。  白の王が見つめる先で、赤の王を覆っていた光が消え去る。同時に、白の王の身体から光とは別の粒子が溢れて流れだし、集まったそれらは再び王獣の形を取った。  多大なる魔力を消耗することにはなったが、これで大きな転機は越えた。あとは、恐らく神性魔法を発動させたのだろう橙の王の状態を確認し、中央部隊と合流するだけである。  失った手足も、耳も、腹も、何もかもが元の通りになり、意識はないものの呼吸も顔色も安定した赤の王の姿を見て、白の王は背後に佇む王獣を振り返った。  王の視線に、だが王獣は何も言わない。赦しを与えない代わりに、責めることもしない。表情の変わらぬ四つの顔は、ただその罪に寄り添っている。  そんな獣を見つめ、王は顔を歪めた。 (…………なんて罪深い)  忌憚すべきその魔法は、決して使われることがあってはならない魔法だ。忘れ去られるべき禁忌そのものだ。  だが、それが神の意思ならば、彼女はその罪を背負おう。命を救い、命を屠るものとして、その罪科と向き合おう。  尊ぶべきと定められた生を救うべく消滅していった魂たちを想い、白の王が再び目を閉じる。そして紡がれた祈りは、乾いた空気に溶けていった。
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