悲しい蝶

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 だが、ここに連れて来られる前も、ここに来てからも、トカゲは一切ストールの中から出てこようとはしなかった。温もりで存在の主張はするものの、今までのように、少年に危害を加えるものを排除しようとはしなかった。  恐らく、したくてもできないのだ。いや、それは多分正確な表現ではない。正しくは、今はそのときではないから身動きが取れない、とでも言えば良いのだろうか。  トカゲは強い。自分の想像など遥か越える強さを持っているのだと、少年は知っている。だが、それでもきっと、ウロを倒すことはできない。もしもトカゲがウロを倒せるのなら、逃亡の末に見つかったあのときに、既に実行していたはずだ。しかし、あのときトカゲはストールの中に隠れた。それは、トカゲでさえもウロには敵わないことを意味している。  だから、きっと迂闊に姿を見せることができなくなったのだ。今ここにいる兵たちを倒し、この場からの逃亡を図ったところで、どうせ結局ウロに連れ戻されてしまう。それを避け、最も適したタイミングで少年を助けるために、トカゲは潜伏を続けているのだろう。  根拠はないが、少年はそれを確信していた。 (だって、ティアくんはあの人に僕のことを頼まれてる。これが僕の頼みだったら、僕を見捨てて逃げることもあるのかもしれないけど、僕を守れっていうのはあの人の頼みだ。だから、ティアくんが僕を見捨てるなんてことは有り得ない)  その確信があるからこそ、少年はまだ頑張れる。ずっとひとりだった少年は、ひとりぼっちでないことがこれほど心強いとは思わなかった。  何度目になるか判らない蹴りをその身に受けながら、少年はただひたすらに耐えた。そうして、どれだけの時が経っただろうか。
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