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そこではっとしてトカゲを見れば、彼は小さな身体を一杯に反らせて、少年の前に立っていた。少年を護るように庇うように立ち、効かないと判っていて尚も炎を吐き続けるその姿は、しかし僅かな震えを孕んでいる。
それが恐怖であると正しく理解した少年が、トカゲに向かって手を伸ばす。先ほどの自分を恥じ、悔いる心が、無意識にだが、己よりも圧倒的に強者であるトカゲを庇護しようとさせたのだ。
「うん、君はやっぱり、とても良い感じに成長の兆しが見られるねぇ。だからこそ、とても折りやすい」
相変わらず愉快そうな声が降ってきて、そして、
少年の手がトカゲに触れるその直前で、トカゲの身体はウロの足に踏み潰された。
ぐちゃっと嫌な音がして、小さな身体は呆気なく靴の下敷きになる。理解の範疇を越えた出来事にただ呆然とする少年の目の前で、ウロは靴に敷いたそれを丁寧に踏みにじってから、すっと足を上げた。
「ぁ、あ……」
少年の唇から、意味を成さない音が漏れる。
「ティ……、ティア、くん……?」
その視線の先には、トカゲだったものがある。無残に踏み砕かれた身体は既に原型を留めておらず、臓腑も肉も判別がつかないほどにぐちゃぐちゃになっていた。
「ティア……く……、」
のろのろと震える手が伸ばされ、べちゃべちゃになったそれに触れる。まだ生温い体液が指に纏わりついて、そこでようやく、少年は現実を理解した。
「あ、あ、あああああああ! ティアくん! ティアくん!」
叫びながら、手が汚れることも厭わずに、少年がトカゲの残骸を掬い上げる。掬ったところで、ただの肉と骨の欠片たちだ。少年を見上げて愛くるしく首を傾げてみせたあの姿は、もうどこにもない。しかしそれでも、少年はその手を止めることができなかった。
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