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だが、そんな少年を嗤うように、ウロが彼の両手を肉片ごと軽く踏みつけた。思わず身体を震わせた少年が、咄嗟に手を引こうとする。だが、柔い力で踏まれているだけだというのに、どうしてか指先ひとつ動かすことができない。まるで、両の手を釘で縫い留められているようだった。
「さすがだね。炎獄蜥蜴の無残な死は、君にとって結構なダメージになったと思うんだけど。いやぁ、自分本位な人間ってのは恐ろしいなぁ。所詮君には、他者を悼む心なんて備わっていないんだよね」
小馬鹿にするような言葉たちは、しかし少年の耳には届かない。今の彼の意識は、全てウロの足の下にある己の両手に向かっていた。ついさっきトカゲを襲った悲劇が鮮明にフラッシュバックし、同じことがこの手に起こる未来だけを恐れ、全身が震え上がる。
「ふふふ、そうだね。君はそういう奴だ。だから、こうでもしなきゃ足りないんだよね?」
楽しそうな声が降ってきて、そして、
少年の誇りである両手は、呆気ないほど簡単に踏み潰された。
肉が裂けて潰れ、骨が砕け散る音が耳に響く。同時に激しい痛みが少年を襲ったが、彼の意識は痛みそのものには注がれなかった。
まさに蒼白の顔が、踏み潰された己の手に向けられる。その視線の先で、ウロが殊更ゆっくりと足を上げる。そこから現れた残骸に、少年は今度こそ絶叫した。
声にならない声が喉から漏れ、痛みなど吹っ飛んだとでもいうように、手を失った手首が、手だったものを掻き集めようと床に擦り付けられる。ただでさえ激痛を伴うだろう傷口を石の床に擦り付けるなど、その痛みは想像を絶するものがあるが、それでも少年は、まるでそれしかできなくなったかのようにその行為を続けた。
だって、この手がなれけば、もう少年は刺青を刺すことができない。刺青の技術は、少年がただひとつ自信を持てるものであり、あれがあるからこそ、彼は生きることを許されているのだ。それを失ってしまえば、もう少年に価値らしい価値はなくなってしまう。生きていても死んでいてもどうでもいい何かに成り下がってしまう。
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