降臨

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降臨

 天を割って現れたその姿に、皇帝は無意識に一歩後ろへと下がった。少し遅れて、それが畏怖から来る行動であると理解した彼は、汗ばんだ掌を隠すように拳を握った。  あれを従えることができるのだろうかという不安と、従えなければならないのだという使命感が、強張った表情の下で鬩ぎ合う。  そう。あれを従えることができなければ、皇帝の生涯に意味はないのだ。いや、これまでに流してきた血を思えば、無意味よりも尚酷い。皇帝の采配は全てこのときのためのものであり、これを成せるからこそ、あの行いが許されるのだ。  己の思う最善のためにその意思を貫き通す彼は、間違いなく強靭な心の持ち主だ。それこそ、その一点にのみ限って言うのであれば、円卓の王たちにも及び得るほどに。  だが、その彼を以てしても、竜を前に踏みとどまることは難しい。竜の黄金のような目に、つい、と見つめられて、彼はまた一歩後退した。  何か言葉を投げ掛けられるのだろうか。そう思った皇帝だったが、まるでそこにあった小石がたまたま目に入っただけだとでも言うように、竜の視線はすぐさま皇帝の後方へと逸らされた。金色の瞳の見る先が変わったことで、少しだけ息苦しさが和らいだ皇帝は、次いで思わずと言った風に、竜の視線の先を追った。自分を見た時とは違い、竜の目がきちんと何かを認識したように見えたので、無意識に気になったのだろう。  そして振り返った先にあったものに、皇帝は絶句した。  そこは、先程までエインストラが居たはずの場所だ。だが、今そこで慟哭しているのは、得体の知れない何かだった。  とても、言葉で言い表せるような存在ではない。美しくて醜く、強靭で儚く、秩序だっていて混沌であり、巨大で矮小で、善であり悪である。そんな、この世に相反するありとあらゆるものを持った生物であり、非生物であった。  己の抱いたその思考に、他でもない皇帝自身が混乱する。だが、抱いたそれを疑うことはできない。比喩でも何でもなく、それは本当に、真逆のすべてを兼ね備えた何かだったのだ。
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