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翌日から、ミワはひとりで、引っ越し荷物の片付けをするため団地の平屋を訪れていた。
家は時々トモエが掃除に来ていたらしく、うす暗いフローリングにも窓枠にも、塵一つ乗っていなかった。
玄関はドアになっていて、外側には白い石のような板が四枚ほど、飛び石のように敷かれていた。表面がほぼ平らで、所どころ黄色っぽくなっているので、天然の石をわざわざそこに嵌めこんだようだった。
なかなかお洒落だな、と思い、ミワはそのうちのひとつに足をかけようと一歩踏み出した。
突如、
―― がぁぁぁ
濁ったするどい鳴き声がすぐ近くで響いた。
びくっと足をひっこめ、おそるおそる鳴き声の方をみると、すぐ目と鼻の先、敷地境のフェンスのへりに、ソイツがいた。
カラスが一羽。かなり大きい。
威嚇するように、首をこちらに突き出して、しかも喉あたりの羽を少しばかり逆立てている。
ミワはカラスから目を離さないように、ゆっくりと脇に避けた。
「何このカラス」
つぶやいただけなのに、カラスはまた身じろぎして、じろりとこちらを睨む。
つつかれるかも、とミワはなるべくカラスから目を逸らせないよう注意しながら、家の中に入っていった。
玄関ドアを開けると中の土間は単なるコンクリートで、それほど洒落っけはない。それでも、中は清潔な感じがしてミワはすっかり家が気に入った。
雨戸を開け放つと、時季には少し早い、小鳥の声が長く朗らかに響いてきた。
うん、と伸びをして窓から身を乗り出す。
玄関と縁側とは反対側の、北向きの窓の外にはささやかな庭がついていて、手を入れていない生垣で隣と遮られていた。その向うに数軒の屋根と、その後ろに控える大きな山がてっぺんまで見渡せた。
梅がどこかから香っている。さすがに住んでいた都市部の家より暖かい地方なのだが、田舎らしく空気がきれいな分、肌に冷たく感じる。
とんとん、と控えめなノックの音がして、その割に元気よくドアが開いた。
トモエが満面の笑みで逆光の中に立っている。朝、ミワを車で送ってくれてから、いったん仕事に出かけ、また戻ってきてくれたのだ。彼女は片手に大きな一眼レフを抱えていた。
「ねえ、近所を案内してあげるよ、ちょっとハイキングしない?」
外に出て、まずあのカラスがまだいないかミワはあたりを見回してみた。
すでにカラスはおろか、生き物いっぴき見当たらない。
「どした?」
「ううん、」しかし、もう敷石を踏んでみようとは思わなくなっていた。
またあんな気味悪いヤツが出たら嫌だ。
「何でもない、で、どこに行くの?」
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