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神社まであと少し、という頃、ミワはたまりかねて道端にぺたんと座りこんだ。
「ミワちゃん、どした」
「疲れた~、喉もカラッカラ」
「もう?」トモエが笑う。
「神社の後は、あそこの分かれ道からサクラヤマまで行ってみようかと思ってたんだけど」
「えー、サクラヤマって、たしか神社より上じゃないの?」
「分かれ道から左が神社で、まっすぐがサクラヤマだけどさ、高低差はあんまり変わらないよ」
トモエは大きく手を伸ばし、左にすでに見えてきた神社の大楠と、右上の山の方にざっくりと道を描いてみせた。
「まだぜんぜん咲いてないけど、あそこ、山の上なのにすっごく桜が一杯なんだよ」
「咲いてない桜にはキョーミありません! それにあそこ、ヤバい場所なんでしょ?」
サクラヤマの桜は、満開になると見事なものだ。遠目からもピンク色のこんもりした茂みが魅惑的だった。
しかし、いわくつきの場所ということで、近寄りはすれども、『その中』に入る者はいなかった。
「それよか、疲れたよー」ミワはまだ立ち上がれない。
下の滝入口の駐車場で買ってきた麦茶のボトルは、既に空っぽだった。トモエも同じく、空のペットボトルを出してみせる。
いくらか水が入っていたが、日に透かすように眺めてから、
「さすがに滝の水は飲ませたくないしねー、ウチは慣れてるけど、ミワちゃん都会っ子だから」
と、またリュックに仕舞った。
「いつの間に汲んでたの?」ミワが驚いたように尋ねると
「取材で山の中に入ることも多いから、案外何でも平気だよ」
そう言ってから、「そうだ!」と前に見えてきたミカン畑の方に走っていく。
はらはらしながら見守るうちに、トモエは手近な木からひとつ、丸まるとした実をもいでまた、走って戻ってきた。
「うっわけっこう下り坂だ」
「トモちゃん、いけないんだぁ」ミワは呆れたように言って、勢いのついたトモエを体当たりで止める。「畑のミカン、取ったらドロボウだよ」
「いいっていいって、どうせ耕作放棄だよ、このへん」
「コウサクホウキ?」
「もう育てていないんだよ、売り物にならないからほったらかしなんだって」
「こんなに実がきれいなのに?」
「よく見てごらん」
トモエがそう言いながら、持っていた実をひっくり返した。裏側に、小さな穴が開いている。
「何その穴」
えぐり取られた穴はけっこう深く、ミワは鼻にしわを寄せる。
「鳥がつついたんだよ、これ」
「えー、鳥がつついたのを食べるの?」
鼻にしわを寄せたままミワが言うと、トモエは楽しそうに笑った。
「そうだよ、鳥がつついたってことは、甘い、ってことだから」
「ばい菌もついてるんじゃないの?」
「つついた所はちゃんと取って食べればいいんだよ。実はどこも甘いからね」
言いながら、トモエは丁寧に鳥のつついたところを取り除いて、ミワに手渡した。
ミワはおっかなびっくり、実を受け取ってからおそるおそる口に入れた。
確かに、甘かった。残りも口に押し込んで、それでもミワは抵抗する。
「でも、やっぱりよくないんじゃない? 他所の畑のだし」
「ここ、おじいちゃんの畑だったんだよ」
表情はにこやかだったが、トモエの声はどこか平板だった。
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