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「カラスが来る」
いつになく暗い空に、カラスの声がよっつほど響いた。
まだ夜明け前というのもあったが、雲がどんよりと垂れこめていて余計に暗く感じる、雨が近そうだ。
見上げていた空から目を戻し、昭二は、ふう、と息をついてリードを持ち直してから、玄関の引き戸をきっちりと締めた。
白いトイプードルのマルがうれしげに短い尻尾を振っている。
どこか少し遠くから、声が響いた。
カラスとは違うが、よく通る叫び、すぐにそれは止んだが彼はびくりと肩を震わせ、また空を、そして歩いて行こうとした山の方を見る。
どっしりとした影が、闇の濃い空に辛うじて浮かんで見える。
昭二はしばらく立ち止まって耳を澄ませていたが、その後は何も聞こえてこなかった。
マルが早く行こうと鼻を鳴らして地面を掻く。あまり前脚を汚すとまた、妻と一〇歳の孫娘にくどくどと説教される。
散歩してやっているのは自分なのに、と思いつつも仕方なく、彼も歩きだした。
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