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旅猫と燻るパイプの煙
黒猫さんは旅猫です。
象牙で出来たパイプから煙を吐き出し、小さな旅行鞄の上に座って、次の寝台列車が駅に滑り込む迄、ひと休みしています。
今夜もお月様が、黒猫さんをにっこりした明かりで見つめています。今にもお月様は笑くぼを作って、微笑み出しそう。そんな夜の御話です。
ふと今夜はよく月が笑うなあ、と黒猫さんが宙を見上げ乍ら煙を吐き出すと、其れはふんわりとやわらかな闇に溶けて行くのでした。
おや、アナタ、煙草を嗜むので?小さな丸い老眼鏡を掛けたペルシャ猫がにゃあと黒猫さんに鳴きました。いや、儂もでね。趣味が転じて今じゃこんなので。
老ペルシャ猫さんが艶々した上等な革鞄を開けると、沢山のパイプやら銘柄やらがぎっしりと詰まっているのでした。
そして葉巻用の刻み煙草に使うのでしょうか、葉っぱの様なの、其れに鋏みたいなの、擦りこぎなんかが、ずらりと、でもお行儀良く並んでいて黒猫さんは睛を丸くしました。
其れ等は老ペルシャ猫さんの性格みたいに、お上品に自分達を誇っている様に見えるのでした。と、黒猫さんはひとっつの壜に睛が止まりました。
ラベルが紐で結んであって、其れにはきらきら光る、星色の洋墨でこう綴られていました、『 水曜日の文学猫 』。お月様は嬉しそうに黒猫さんを照らします。
これは何だい?と、黒猫さんがパイプを咥え乍らもごもご鳴きます。
嗚呼此れはねえ、パイプの詰物なんですけれど、吸う猫によって香りや味が変わるらしい逸品なんですよ。燻らせた煙の奥に物語が見えた、なんて猫も居る位ですから、此れを見つけ出すとはアナタ髭が冴えてますねえ。
そいつあ、どうも。と黒猫さんはひとっつ前の街で見つけた、銀燭石と云う一等良いラヂヲのクリスタルを老ペルシャ猫さんの肉球に落としました。
銀燭石は角砂糖位の大きさですが、黒猫さんが今持ってる鉱物の中で一番珍しくって、一番良い報せをくれるラヂヲのクリスタルだからです。
きっと貴方に良い報せをくれる、と黒猫さんは太鼓判を押しました。
ははは、とくすぐったそうに鳴く老ペルシャ猫さん。其れは良い品を頂きました、では此れはアナタのものです。
『 水曜日の文学猫 』の壜を黒猫さんが受け取ると、待ち構えていたかの様に寝台列車がレェルを軋ませて到着しました。
すると、列車の窓灯りの陰に紛れてしまったのでしょうか、老ペルシャ猫さんはするりと、黒猫さんの睛の前から居なくなっておりました。
黒猫さんの肉球の内にあの、壜を残して。
黒猫さんは寝台列車に乗り込みます。九つの命を持った猫族にはよく在る話なのかもしれません。
お月様が驚いたりしている間に、黒猫さんは寝台列車の席に座りました。パイプに壜の中身を詰めて、マッチを擦ります。窓を少しだけ開けるのを忘れず、お月様が見える様に。
黒猫さんは何の物語を煙から贈られたのでしょう、また香りは?味は?お月様が黒猫さんに聞こうとします。
でもお月様は直ぐに野暮だと気付いて、聞こうとしたなんて微塵も感じさせ無い様におすまし顔をしました。黒猫さんが真っ直ぐ、お月様をアーモンド型の瞳で見つめていました。
お月様は優しげに微笑します。
黒猫さんはずっと、ずっと、お月様を見ながらパイプを蒸していました。
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