5.川のほとりで

3/3
1814人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
「おばあ様のことです。」 すみれはそう言葉を繋ぐ。 あんなにいい人を騙すようなことをして、本当にいいのか? 「葉山さんは嫌ですか?俺と付き合っているってことにするのも嫌?」 篠原の低い声。 その声だけでは感情が判断出来ない。 そうではない。 そうではなくて…。 篠原がふっ、と顔を伏せたのが、その動きで分かる。 「ごめん。だとしても、葉山さんは嫌だ、なんて俺の目の前で言える人じゃないよね。」 篠原は足を進める。 すみれはその後を追った。 違う、それは違うのだ。 嫌ではない…。 否定したいのに、その言葉を上手く発することがすみれにはできない。 どうすれば上手く伝わるのか、分からなくて…。 そうすると言葉はどんどん奪われて、結局何も言えなくなってしまうのだ。 気付いたら、篠原は歩く速度を緩めてくれていて、すみれは、その横に並ぶ。 その気遣いが嬉しいのに。 「違うの…嫌…とかじゃないです…。」 「ん?」 その声はあまりにも小さくて、聞こえなかったようだ。 すみれは、小さく首を横に振った。 篠原がそのすみれの頭にポン、と手を乗せる。 「気にしなくて、いいよ。ごめんな。」 どきんとして、胸がきゅんとする。 確かに、顔立ちも整っていて綺麗な人だけれど、篠原の良いところはそれだけじゃない。 おばあさんを大事にしていて、家族想い。 別のチームのすみれのことも気にしてくれていて、いいところを探して褒めてくれて、すみれのコーヒーを美味しいと言ってくれる。 優しくて、気を使ってくれて。 確かにイケメンだし、高学歴であったり、将来有望だったりもするんだろう。 けれど彼のいいところは、それだけではなくて。 綺麗なものを綺麗と言ってくれる、美味しいものを美味しい、と言う素直なところや、他人への気遣いや、そんなところも含めて、とても素敵な人だと思う。 だから、そんな人はきっと他にお似合いの人がいる。 自分はただ、単に期間限定の恋人…。 そう思うと、ますます胸が苦しくなるすみれなのだ。 すみれちゃん、と呼ぶ声が…、実はとても嬉しいと気づいても、すみれにはどうすることも出来ない。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!