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「おばあ様のことです。」
すみれはそう言葉を繋ぐ。
あんなにいい人を騙すようなことをして、本当にいいのか?
「葉山さんは嫌ですか?俺と付き合っているってことにするのも嫌?」
篠原の低い声。
その声だけでは感情が判断出来ない。
そうではない。
そうではなくて…。
篠原がふっ、と顔を伏せたのが、その動きで分かる。
「ごめん。だとしても、葉山さんは嫌だ、なんて俺の目の前で言える人じゃないよね。」
篠原は足を進める。
すみれはその後を追った。
違う、それは違うのだ。
嫌ではない…。
否定したいのに、その言葉を上手く発することがすみれにはできない。
どうすれば上手く伝わるのか、分からなくて…。
そうすると言葉はどんどん奪われて、結局何も言えなくなってしまうのだ。
気付いたら、篠原は歩く速度を緩めてくれていて、すみれは、その横に並ぶ。
その気遣いが嬉しいのに。
「違うの…嫌…とかじゃないです…。」
「ん?」
その声はあまりにも小さくて、聞こえなかったようだ。
すみれは、小さく首を横に振った。
篠原がそのすみれの頭にポン、と手を乗せる。
「気にしなくて、いいよ。ごめんな。」
どきんとして、胸がきゅんとする。
確かに、顔立ちも整っていて綺麗な人だけれど、篠原の良いところはそれだけじゃない。
おばあさんを大事にしていて、家族想い。
別のチームのすみれのことも気にしてくれていて、いいところを探して褒めてくれて、すみれのコーヒーを美味しいと言ってくれる。
優しくて、気を使ってくれて。
確かにイケメンだし、高学歴であったり、将来有望だったりもするんだろう。
けれど彼のいいところは、それだけではなくて。
綺麗なものを綺麗と言ってくれる、美味しいものを美味しい、と言う素直なところや、他人への気遣いや、そんなところも含めて、とても素敵な人だと思う。
だから、そんな人はきっと他にお似合いの人がいる。
自分はただ、単に期間限定の恋人…。
そう思うと、ますます胸が苦しくなるすみれなのだ。
すみれちゃん、と呼ぶ声が…、実はとても嬉しいと気づいても、すみれにはどうすることも出来ない。
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