6.苦い気持ち

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6.苦い気持ち

おばあさんとの楽しい食事を終えて、すみれは片付けを手伝う。 その、様子を篠原は幸せな気持ちと、少しだけ苦い気持ちで眺めていた。 篠原が営業で、隣のチームの先輩と一緒になった時のことだ。 『早く会社戻りてー。』 理由が分からなくて首を傾げた篠原に、先輩はにやりと笑った。 『お前は知らないかなー?うちのチームの葉山さんの淹れるコーヒーはむっちゃ上手い。営業から帰ると、お疲れ様ですってほわっとした笑顔で出してくれるんだよ。もう、癒し以外のなにものでもないね。』 そんな風に自慢するから。 気になって見ていた。 確かに、帰ってくる営業社員にふんわりとした笑顔を向けて、コーヒーを淹れている。 いいな、と思った。 それからずっと気になって、気付くと目に入っていて。 ああ、目で追ってしまっているんだと気付いた。 すみれは、頼まれ事をされても嫌な顔ひとつせず引き受ける。 くるくるとコマネズミのようによく働く。 すみれが嫌な顔をしたり、ムッとしたり、怒っているところを篠原は見た事がない。 彼女はとても優しくて、穏やかで、そして周りに左右されない、たおやかな強さのある人なんだと思った。 そしてそんな中、朝早めに出勤した時のことだ。来客用のスペースにある小さな花に、すみれが水をやっているのを見たのだ。 そう言えばあったな…と思うくらいのそれに、水をやって、可愛らしく花を咲かせている植木に優しく「今日も元気だね。」とすみれは話しかけている。 何となく花も「はい、おかげさまで!」と答えているようにも見えて、ふふっと笑ってまた花を元の場所に戻しているすみれが、篠原には眩しく見えたのだ。 胸がぐっと熱くなった。 彼女にあんな風に話しかけられたい。
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