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「後悔…していますか?」
柔らかい篠原の声だ。
後悔…そんなことはない。
それでも来てよかった、と思うから。
そんな篠原を知ることができたから。
「いいえ。おばあさん、いい人ですね。篠原さんが、大事に思う気持ち、分かります。」
かさ…と篠原が寝返りを打つ音がする。
「ありがとうございます。」
今、彼はどんな顔をしているんだろう。
すみれも篠原の方を向いた。
畳をはさんで薄暗い中、篠原が柔らかく微笑んでいるのが見える。
やはり、綺麗な人だと思った。
「葉山さん、やっぱり洸希って呼んでくれないんですね…。」
「だって…篠原さんも…。」
「呼んでいいですか?これから。すみれちゃんって。」
呼び方のことなんだから、大した話ではない、そう思うのに。
でも、だって違う。
本当の恋人じゃないのに。
篠原の真面目な顔にどうすればいいのか、分からない。
頬が熱い。
きっと顔が赤い。
こんな顔、篠原に見られたくない。
すみれは布団から目元だけ出して、こくっと頷いた。
「すみれちゃんにも洸希って呼んで欲しいです。」
「洸希、さん…。」
「すみれちゃん…?どうしたんです?声が…。」
がさっと音がして、篠原が布団から起き上がった気配がする。
泣きそうなのを篠原に悟られたくない。
そう思ったすみれは慌てて、首を横に振った。
「大丈夫!なんでもないです。」
「でも…。」
お願い!この距離を詰めないで。
その畳を超えてこないで。
そんなことを思って、つい布団をぎゅうっとしてしまうすみれを見て、
身体を起こした篠原は、それ以上は近づくことはせず…、
「寝て…ください…。」
そう言って、布団に潜った。
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