1.夏休み

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「あれ?葉山さん、夏休みは?」 すみれはふわりとした髪を耳にかけた。 「ん…私は特に予定はないから、皆さん、先に入れてください。」 華やか、というよりはふんわりとした笑顔。 至って地味なことは、すみれ本人は百も承知だ。 ふわりとした肩までの柔らかい髪。優しげな顔立ち。 確かに華やかではないかもしれないが、社内では癒し系として、隠れた人気がある。 「私、7月の頭に海外に行きたいのよね。」 「彼氏が8月休みだから、お盆の時期がいいですー。」 「すみれちゃん、9月頭とかでも、大丈夫?」 事務社員の人数は限られているから、夏休みを取る時は、お互いに申告して被らない配慮も必要だ。 そんな中、すみれは海外に行くような予定もないし、彼氏もいない。 何なら休みなんていらないくらいだ。 「はい。」 2人にそう返事をしてにっこり笑う。 「すみれちゃん、本当に、希望があったら、言っていいのよ。」 「そうですよ!葉山さんは優し過ぎます!」 2人のチームメイトは、すみれのことをとても大事にしてくれている。 けれど…大人しすぎるせいか、すみれは彼氏も出来ない。 仮に素敵な人がいたとしても、いつも素敵だなあ…と見ているうちに、その人には彼女が出来てしまうし、引っ込み思案で人見知りのすみれは、積極的に自分から声をかけるなんて出来ない。 大人し過ぎて合コンで、何度か顔を合わせているはずなのに、初めましてと言われる始末だ。 すみれ自身は、人の顔を覚えることは不得意ではないので、会ったことあるんだけどなあ…と思いながらも、曖昧な笑顔を浮かべることしかできない。 『大人し過ぎなんだよ。言いたいことないの?何考えているのか分からない。』 元彼の言葉だ。 その通りだと思う。 けれど、すみれはあまり強く自己主張することを好まないのだ。 そんなだから、どうせ予定なんてないのだし。 「はい。いつも、ありがとうございます。でも、本当に大丈夫。えっと…もし、希望があったら、ちゃんとお伝えしますね。」 そんな様子に「癒し系~!」と2人に頭をなでなでされる。 ありがたいなぁ、と思う。 楽しく仕事をさせてもらっている。 幸せなことだ。 すみれは、そう思っていた。
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