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私は大学を卒業してから、弁護士事務所で事務員をしている。
弁護士の秘書業務から法律実務、お茶汲みお掃除何でもこなす。
小さな法律事務所で、弁護士が1人。
事務員が私がと大学生のアルバイトが1人。
テレビに出てくるような華やかな感じではなく、私の仕事は地味。
仕事場も雑居ビルの1フロアを借りたもの。
エレベーターのない3階建てのビルの3階。
だけど、わりと繁盛してる。
朝一に郵便ポストから郵便物を取って3階に上がる。
鍵も渡されていて、私が開けることが多いのだけど…
鍵を差し込むと、解錠されていることに気付き、私は鍵を取って扉を開けた。
「先生?」
覗き込んで声を掛けたけど、返事はない。
そっと中へ入り、奥の個室を覗くと来客室の長ソファの縁から寝そべっている足が見えた。
私は部屋に入り、その姿を確認する。
「おはようございます。先生、泊まったんですか?」
私の声に驚いて起き上がった先生。
この法律事務所の弁護士、九条学(くじょう まなぶ)先生。
「…あ、天宮さん?」
くたびれたノーネクタイのワイシャツに、寝癖。
九条先生はソファに座って、天を仰いで眠そうに目を閉じる。
私は鞄や郵便物の荷物をテーブル置いて、先生が使っていたクッションを整えた。
「泊まるつもりなかったんだけどな…。仕事が終わらなくて…」
「毛布もなしに寝たら風邪引きますよ?」
「あぁ、だから暖房を強めにした」
確かに空気が重い。
それに若干臭う。
私はソファの裏部分にまわり、窓を開けた。
「寒っ!!」
眠そうだった九条先生が、目を覚ましたように声を上げた。
「我慢してください。10時にはクライアントがいらっしゃいます。こんな臭う空間にご案内出来ません」
「お前なぁ…アラフィフなんだから仕方ないだろ?加齢臭は自然現象なんだよ」
48歳の九条先生は見た目ちょいワル親父。
ピシッとすれば見た目は悪くないはずだけど、ずぼら。
ちなみにバツ2の称号をお持ちでいらっしゃる。
上司としては臭い以外、害はない。
私はテーブルに置いていた荷物を持ち、デスクに移動する。
荷物をデスクに置き、上着とストールを脱いで給湯室横の倉庫にある、私のロッカーに仕舞う。
「先生、コーヒー飲みますか?」
「緑茶がいいかも。濃いやつ」
「わかりました!」
給湯室に入り、ポットでお湯を沸かす。
父のように弁護士を夢見た時期もあったけれど、自分の能力では無理だと悟ったのは高校生の時。
それでも法律の世界に憧れて、気づいたらこの仕事についていた。
地味な仕事だけど、地味な私には向いていると思う。
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