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一瞬、恭ちゃんの顔が強張った気がした。
「あっ、ごめん。結婚したいって意味じゃないよ?」
フォローして、恭ちゃんの胸に視線を落とした。
「真白…」
「うん?」
「もしかしたら…店長任されるかもしれない」
「えっ!?」
私は驚いて恭ちゃんを見る。
「すっ、すごい!」
彼がアルバイトの時からお世話になっているお店は、掛け持ちのアルバイト時代を含めて12年の付き合いになる。
都内に2店舗しかなかったお店が、今は9店舗になり、会社事態も大きくなっていた。
「代表に、経営にも興味ないかって声掛けて貰ってる」
私はビックリして声を詰まらせる。
「すごいよ!えーっ!スゴすぎる!良かったね、恭ちゃん!!」
彼は代表(経営者)のことを尊敬して、憧れて今のサロンに飛び込んだ。
その代表から声を掛けて貰えるなんて、夢が叶ったと一緒のことだ。
「おめでとう!恭ちゃん!!」
「まだ決まったわけじゃないよ」
「声掛かるだけでもすごいことだよ!」
彼が下積み時代から努力して今のポジションに居ることは、外から見守ってきた私なりに知ってるつもりだ。
「やったね、恭ちゃん!」
「あ、ありがとう」
少し照れてる。
「真白」
「うん?」
「だから、それが落ち着くまで、結婚は待ってくれない?考えてないわけじゃないんだけど、今のチャンスに全力で挑みたい」
彼の気持ちは理解できる。
「もちろんだよ」
そう言って彼の胸に顔を埋めた。
「気にしないで、お仕事に専念してね」
そう言うと、恭ちゃんは私をギュッと抱き締めた。
「真白、愛してる」
そう耳元で囁いてくれた。
私と恭ちゃんは、その日久々に肌を重ねた。
お互いに忙しくて…特に恭ちゃんが忙しくて、生活のスレ違いがある週も多い。
だけど、一緒に過ごせる時は密に時間を共にしていた。
築20年のお風呂の狭い1LDK。
台所の蛇口はキュッと閉めてるのに、なぜかポタポタゆっくり水滴が落ちる。
その音も、いつか生活音の一部になって、なんだか心地いい。
ベランダの窓が日によって開けにくかったり、近所のおじさんのくしゃみがやたらと大きくて必ず聞こえたり…
そんな小さなことも、恭ちゃんとの生活の中で一部になって楽しんでいた。
私は、幸せだった。
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