魔女の館

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魔女の館

【魔女の館ワールド】 暗く細い荊棘の道を進んでいくと、そう書いてあるアーチが出てきた。アーチをくぐり進んでいくと、道幅はさらに狭くなり、荊棘が足に、服に絡まってきた。空はどんよりとした紫色に包まれ、カラスがないている。何なんだよここ。無理に動かしたズボンの裾が破れる音がした。僕を進ませたくないみたいだ。それでも進まないと、目指すべき場所はわかってる。アスカはきっとあそこにいる。この細い道をずっと進んだ先に見える小さな洋風の館。あれがきっと魔女の館だ。荊棘に抗いながら進んでいくと、花畑が現れた。あたり一面真っ黄色だ。ここを越えれば館に着ける。  花畑に足を踏み入れようとすると、うまく足が持ち上がらなかった。思い切り片足に力を込めても、見えない何かに遮られているように前に進むことができない。なんで? 試しに落ちている石ころを花畑に投げ込んでみる。放った石ころは何事もなく落っこちた。 「なんだいなんだい? あんたは」 急に後ろから声がした。腰の曲がったおばあさんが杖をついている。 「私の花畑を荒らしにきたんかい。えぇ?」 タプタプのほっぺたを揺らしながら、鋭い目で睨んでくる。 「違います。アスカを探しにきたんです」 「アスカ? そりゃなんだい。あんたの大切なものかい」 老婆はコツコツと杖をつきながらゆっくり花畑に向かって歩き出した。 「大切です。アスカは女の子です。どこにいるか、知りませんか?」 老婆は花畑の中に入った。 「ん〜あの子のことかね?」 老婆が杖を持ち上げ、館に向かって一振りすると、扉が開いた。館の中でアスカが椅子に座って眠っているのが見えた。 「アスカ!」 老婆はゆっくりと館へと歩いていく。 「見つかってよかったねぇ」 「でも、進めないんです。なんでかわからないけど」 老婆が振り返って、一本の黄色い花を見つめた。 「この花の花言葉を知っているかい?」 「いえ、知らないです」 「悪を遠ざける」 わざとらしく、ゆっくりと言った。 「そんな! 僕が悪だなんて」 「何か悪いことしたんじゃないんかい?」 悪いこと。アスカに、僕は悪いことをした。だから、アスカにとって僕は悪になってしまったのだろうか。せっかく助けに来たのに、このまま拒絶されて終わってしまうのか。 すぐ近くの黄色い花が揺れた。 「何か、思い当たることがあるみたいだね。さっさとおかえり」 老婆はそれだけいうと館へ向かって歩き出した。ここで帰ったら、もうアスカは助けられないかもしれない。 「まって! 僕は謝りに来たんです。僕は、謝ってアスカと一緒に帰らなきゃいけないんです!」 老婆は歩き続け、花畑を抜けた。館へと入っていく。一歩も進めない。目の前に、いるのに。  老婆がアスカをコツンと小突き、目を覚ました。 「アスカ!」 あたりをキョロキョロしてから、僕のことに気づいた。けれど目をそらされた。 「アスカごめん!」 声を張り上げてみるけど、声は届いているのだろうか。アスカが老婆を呼び、こそこそと話している。老婆が玄関先に出てきた。 「あんたとは、話したくないとよ。さ、帰った帰った。この子はうちで魔女見習いをするんだ」 「何で、何言ってんだよアスカ! こんなゲーム早くクリアして元の世界に帰ろうよ!」 老婆が館に戻ると、バタンとドアを閉められてしまった。隣の部屋の明かりがつき、老婆とアスカが窓から見える。僕のことは完全に無視だ。このままじゃ、このままじゃダメだ。たとえアスカをここに残して帰るとしても、あんな酷い誤解を与えたまま変えるわけにはいかない。 僕は腰から銃を抜き出した。空に向かって、銃口を向け、引き金を引いた。あたりに響く銃声。アスカも銃声に驚いてこちらを見ている。最後のチャンスだ。こんなところで言うことになるとは思わなかったけど。 「アスカ! 君はもう僕のことを嫌いかもしれない。でも僕は! 君のことがずっと好きだった!」 黄色い花が揺れる。窓からアスカはもう見えない。奥に行ってしまったんだ。俯くとボロボロになったズボンの裾が見えた。 「嫌いなんて、嘘だよ……」 もう帰ろう。 「ユウト」 え? 顔を上げると、玄関先にアスカが出てきていた。急に顔が熱くなってくる。アスカが花畑に走り入ってきた。恐る恐る足を進めると、花畑に足がついた。入れる。2歩、3歩進んだ。アスカはもう目の前まで来ていた。 「許して、くれたの?」 アスカは肩で息をしながらはぁはぁしている。 「ユウト、あんな大声で告白して恥ずかしくないの!?」 「だって、最後かもしれないって思ったから……」 それを言われると、とても恥ずかしい……。 「最後なわけないじゃない」 アスカはそっぽを向いた。 「私も、ユウトのこと好きだし」 え? アスカが僕のことを好き? あ、ダメだ。これは、夢だ。そうだ、最初からおかしかったんだ。なんだこの世界。そうか夢か。ああ、早く、覚めたらいいのに。 「ユウト、大丈夫? ちょっと!」 アスカの声が聞こえる。力が抜けてきた。悪だから? ああもうよくわからない。痛い、何かぶつかった? ハーブのいい香りだ。なんだろう、冷たくて気持ちいい。
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